物書き医草稿集 Ver.5-4
○ 医療と政治
  1. 受診抑制施策による死亡増加数の検討 (牧瀬洋一)
  2. 医療制度と構造改革について (本田忠)


受診抑制施策による死亡増加数の検討EBMの手法を利用して−

はじめに
 医療行政・施策というものは本来その費用と効果が充分吟味されてなされるべきものであり、財政的抑制効果をめざすのなら、抑制策に生じる負の部分もあわせ論議されるべきである。しかしながら、行政からの負の提示は国民にはなされていないように思える。為政者たちの思い込みで禍根を残すような医療施策における意思決定が行われることは許されることではない。コスト分析において費用削減分析とは、本来その負の作用の無い場合のおいてのみ使用すべき検討であり、ある程度の負の作用があるのなら、費用効果・費用利便性分析などを行うべきである。後者の場合は、有用値、利得や損失費用などを考慮に入れ分析すべきである 1)。負の作用を考慮しない費用削減だけの検討では、“副作用を説明せずに、毒薬を処方ようなもの”である。
 また、叙述的・会話的な手法は実地医療の世界では有用な方法であるが、施策上の意思決定は曖昧で感情的になりがちであり、より客観的な数値的な表現で議論する必要性を感じる。まさに“Evidence-based”な検討が医療施策にも求められているのである2)。
 今回、EBMの手法と共に、実際に外来受診抑制があった平成8年度から平成11年度をモデルにして、受診抑制による影響を検討した。

○方法
 無作為化比較試験
(Randomized Controlled TrialRCT)は、因果関係を研究する観察研究に対して、ある介入行為の効果や影響を調べる研究であり、介入事象による結果のみ差異として表すことができる。このRCTにより求められるARR(絶対危険度減少率:Absolute Risk Reduction)は、CER(Control Event Rate、対照事象率)とEER(Experimental Event Rate、実験事象率)との差であり、その逆数であるNNT(Number Needed to Treat)は、“1人の不良な転帰を防ぐために治療されるのに必要な患者の数”であり、EBMの方法論として頻用されているものである。CERとEERの差は、介入事象、例えば或る薬剤を使用したことによる有害事象の発生頻度を減少させる程度を定量的に表す方法であり、有害事象を死亡と考えれば、死亡数を比較検討できる。
 死亡転帰について記載してあるARR、NNTを利用すれば医療行為により得られる利益としての死亡数の減少、逆にある医療行為により得られた筈の損失としての死亡数を計算できることになる。ARRやNNTはRCTやメタ分析などで出版された数値が存在する。本邦でも充分標準的に使用される薬剤の治験に関しても公表されている。受診抑制による薬剤の効果が本来発揮される筈の機会を逸したことによる死亡数を以下の如く推測できる。

 * 受診抑制による推定死亡者数=ARR(=1/NNT)×受診抑制率
 受診抑制率の予測に関しては、受診抑制が始まった平成9年をモデルに、厚生労働省統計表データベースから平成8年度厚生省「患者調査」と平成11年度厚生省「患者調査」を参考に、受療数の差をもって受診抑制率とした。疾患の性質上65歳以上の受診抑制率が代表値としてふさわしいと思われ、11.6%と推定した。同様に、厚生労働省統計表データベースから平成8年度の統計表名“再来患者の平均診療間隔の年次推移,施設の種類・傷病分類別”を用い、高血圧症、心不全、高脂血症2次予防の受療患者数を推定した。高脂血症1次予防の受療者数に関してはスタチン製剤の売上高から推定した。

○結果

(1)高血圧症
 厚労省データベースから平成
8年度の調査において“本態性(原発性<一次性>)高血圧の項目からから心不全(うっ血性)を伴う高血圧性心疾患、心不全(うっ血性)を伴わない高血圧性心疾患、腎不全を伴わない高血圧性腎疾患、心不全(うっ血性)を伴う高血圧性心腎疾患、腎不全を伴う高血圧性心腎疾患、高血圧性心腎疾患,詳細不明、腎血管性高血圧(症)、その他の腎障害による二次性<続発性>高血圧(症)、内分泌障害による二次性<続発性>高血圧(症)、その他の二次性<続発性>高血圧(症)、二次性<続発性>高血圧(症),詳細不明”から8872千名と算出される。Cochrane review 3)に記載のあるARR(5年間:0.018[95%信頼区間0.004-0.028])であり、受診抑制による過剰死亡数(5年間)は18525[95%信頼区間:4117-28816]人と推定される。比例配分すれば年間3705人の生存機会を喪失させることとなる。死亡数以外にも、心血管系の合併症関して同様に計算すると、ARR(5年間)で0.053であり、5年間で54545人、比例配分すれば1年で10909人の心血管系合併症の増加をきたすことになる。

(2)心不全
 厚労省データベースから平成8年度の調査において、“心不全(うっ血性)を伴う高血圧性心疾患、心不全(うっ血性)を伴う高血圧性心腎疾患、うっ血性心不全、心不全,詳細不明”の項目から234千人と算出される。ただ、米国Framingham研究では50歳台で1%であるが、80歳を超えると約10%に相当すると記載(慢性心不全治療ガイドライ4)され、50-79歳まで43.0万人、80歳以上45.7万人と推定されるため、低い推定値となっている可能性がある。SOLVD I(NYHA分類IIIIIがエントリークライテリア)5)では1年あたりNNT25である。結果、過剰死亡推定数は1年間で1085人である。

(3)高脂血症一次予防
 平成
138月分のスタチン類の売り上げ~換算しスタチン製剤服用中の高脂血症患者は約530万人と推定された。NNTは死亡に対するNNT111(5年間)、急性心筋梗塞に対するNNTは425年間)である6)。過剰死亡推定数は5年間に対し5539人で、比例配分すれば年間1108人である。急性心筋梗塞発生数に関しては、5年間に対し126190人であり、比例配分すれば年間25238人の心筋梗塞の過剰増加をきたす。

(4)高脂血症二次予防
 厚生労働省統計表データベースシステム )から、不安定狭心症から慢性虚血性心疾患までの項目を総計すると約119万人であり、その中の高脂血症患者の推定は、第5次循環器疾患基礎調査(平成1211月実施分)から推定(総コレステロール>220mg/dl)は42.8%となる。対象患者数はゆえに45.4万人である。ただ、二次予防に関してはコレステロール値の開始基準の低下が提言されており、また、スタチン類の中には急性冠動脈疾患予防効果のあるものがあり、現在の適応基準はさらに広がっているものと思われるため、死亡者数を過小評価している可能性がある。4S 7)を元に、死亡に対するNNTを5年間対し27とした。過剰死亡推定数に関して5年あたり1951人であり、1年に比例配分すれば390人である。

○考察
 この分析・推定法の限界に関して以下の限界がある。1)外来再診患者のみが対象である。対象疾患も死因のごく一部の疾患に過ぎない。2)一薬剤のみの効果推定であり、多薬剤による効果を考慮していない。食生活や運動などへの生活指導の効果など考慮していない。3)年毎に増加する人口増加と高齢者数増加を勘案していない。4)全例がRCTにおけるエントリー・クライテリアに相当しない。5)受療・再診回数の減少が外来受診受診抑制とはならない。
 1)から3)は死亡者数の増加の要因である。4)は曖昧な要因と言えるが、検討対象者は受診数を基本とするものであり、継続的な加療がなされている対象群と考えられ、診断基準を満たすだけの対象ではない為、RCTの適応基準に近似するのではないかと考えた。死因別死亡数では、脳血管疾患、心疾患の合算より多い悪性新生物やその他、感染症による死因などは今回の検討(平成11年度労働厚生省人口動態調査から)では除外され、受診抑制による早期診断の遅れとそれによる生命予後の悪化は今回の検討項目ではないなど、死亡者数が増加する要因が勘案されていない。5)に関しては今回検討の病態は本来同月内の再来数に影響を与えるような症状・病態ではなく、本来今回の検討している病態には再診回数の減少の影響は少ないものと考えられる。
 高血圧性心疾患、心疾患、脳血管疾患の疾患別年齢調整死亡率が平成8年度と平成11年度と変化していないことは、それまでの減少傾向が鈍っていることと関係あるかどうかは不明であるが、今回の検討ではRCTをモデルにしており、背景すなわち、対象事象率(CER)の増減にかかわらず、実験事象率との差で検討しているのであり、薬剤治療以外の要因が入り込めない条件で検討されている。故に年齢調整死亡率の減少の原因は他にあると考える。例えば社会的リスクの減少や人口の自然増と高齢化による対象者の増加も影響を与えていると考えられる。実際に、
65歳以上の死亡者実数は平成9年度708499人、平成11年度773137人と9%程増加している。
 
受診抑制を生じれば疾患の進行・悪化への治療介入の機会を逸する患者が発生し、それが死亡や合併症とつながる疾患であれば、死亡率や合併症罹患率の増加をもたらす、という事実を認識すべきである。ただ、薬剤にはその効果の限度と副作用の問題があり、この検討を有害事象にひろげればNNH(number needed to harm)との関連も問題になる。費用効果・費用利便性分析などを必要性がでてくると思われる。
 医療施策を決定する場合、効用の減少もあわせ、施策の意思決定の参考となる資料とそのエビデンスとその定量性をもって公表すべきである。その後、初めて根拠ある議論がなされると思われる。
 治療効果が確立した病態への受診抑制は必ず“犠牲者”が生じることは、医療施策上の前提として為政者は肝に銘じるべきで、決して叙述的、感情的な議論のみで医療施策の意思決定をしてはならない。


○結論
平成8年から平成11年度の受診抑制をモデルにした受診抑制率11.6%により、代表的RCTにより得られるARR・NNTから得られる推定死亡増加数は、1年あたり高血圧症3705人、心不全1085人、高脂血症一次予防1108人、高脂血症二次予防にて390人である。

1. シナリオで学ぶ医療経済学入門、J.Jeffersonら 酒井弘憲ら訳、サイエンティスト
2. Evidence based policy: proceed with care  BMJ 2001;323:275-279 
3. 
Pharmacotherapy for hypertension in the elderly Mulrow C, Lau J, Cornell J, Brand M. In: The Cochrane Library, 4, 2001. Oxford
4. 
慢性心不全治療ガイドライン (2000) Jpn Circ J 64(Suppl.4):1023-1079, 2000
5. Effect of enalapril on survival in patients with reduced left ventricular ejection fractions and congestive heart failure. The SOLVD Investigators. NEJM 1991; 325(5):293-302.
6. 
Influence of pravastatin and plasma lipids on clinical events in the West of Scotland Coronary Prevention Study (WOSCOPS). Circulation 1998;97:1440-5
7. Baseline serum cholesterol and treatment effect in the Scandinavian Simvastatin Survival Study (4S)Lancet. 1995 May 20;345(8960):1274-5.


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座談会「医療制度と構造改革について
○はじめに
本田(忠):医療は自動車に匹敵する程の大きな市場規模を持ったサービス産業です。しかも医療はハイテク分野であって、今後の高齢化社会で成長性は非常に高い。即ち、医療は数少ない成長産業です。このような観点から、現在の医療制度改革の考え方を検証してみたいと思います。

○日本の医療の現状
 世界保健機構(WHO)が、昨年、加盟191カ国の保健医療システムについて比較した結果、総合評価では日本が世界で一位でした。経済協力開発機構(OECD)の調査では、国内総生産(GDP)に対する総医療費の比率は、日本は先進国の中で最も低いレベルでした。又、「医療費の伸びが経済成長を上回っているから大変だ」と言われますが、60〜70年代の医療費の伸びは今よりも遥かに高く、最近の医療費の伸びはむしろ減少傾向にあり、米国に比較して全く伸びていないといっても良いと思います。医療費も米国の半分です。米国はいろいろな医療の市場化によりラジカルな改革を行ってきましたが、医療費は急速に伸びてきています。現在の日本の医療制度は全体としては、安くて、効率が良く、質が高いと言って良いと思います。

○わが国の開業制の特性
1)フリーアクセス:医療機関の選択は、患者さんの自由に任せられている。他国では自由なところは少ない。患者さんの選択は何らかの制限を受けています。
2)診療所のスタッフが多い:海外の診療所は概ね3人前後のスタッフですが、わが国の無床診療所では5.3人です。プライマリケアの機能と専門医の機能を併せ持っている為、検査等の診療行為の範囲が広く、その為のスタッフが必要になっています。
3)診療所の医療機器:わが国の内科無床診療所を対象としたヒアリングでは、X線の保有率が97%、エコーの保有率が90%で、初期診療からこれらの機械を使用することが前提になっていると思われます。海外の診療所では基本的にこれらの機器を使用せずに診察し、機器の使用は専門医が担当しています。
4)自由開業制:日本では診療科の自由標榜をとっておりますが、外国ではとっている国はなく、一般開業医も米国のファミリープラクティショナー、ドイツの新一般医師資格など、プライマリーケアを専門職として資格認定をする方向になっています。いずれも医師免許を取った後、4−5年をかけて専門的な教育課程を経て初めて開業する形態になっています。又、いったん開業した後も資格ごとに定期的な研修が必要となっています。日本に比し、非常に細かく規定されている。以上のような、フリーアクセスと、資格によらない柔軟な自由開業制と、不充分ながらの出来高払いの存在により、わが国のプライマリケアの医療水準は、比較的安価にかつ効率よく保たれていると思われます。非常に絶妙なバランスの上に乗っていると実感しております。たとえば細かく限定されたイギリスは開業医の機能が低すぎて、実際の役に立たないし、アメリカは保険者と、開業医のゲートキーパの力が強すぎて、かつ専門性が細分化されすぎ、効率が逆に非常に悪くなっている。

○低医療費政策
 病院の現状は、悪名高き三時間まちの3分診療。狭い汚い病室で、風呂もトイレも恵まれていない。食事も選択の余地がない。そして重大な病気でもっと居たいのに早く追い出される。病院の標欠も問題になっています。患者さんは医師や病院を批判するわけです。しかしこれは医療機関のみが本当に悪いのでしょうか。「医療経済実態調査(平成7年)」によれば、医療機関の医業収入から医業費用を控除した収支差額は、それぞれの医業収入を100とした場合、一般病院は1.1、一般診療所は17.3(有床)と25.1(無床)であり、病院の収益率が極端に低いことが分かる。その理由は病院の給与負担が5割も占めていることや(診療所は3割弱)、賃貸料・福利厚生などの経費や診療材料費、医療消耗器具備品費などの負担比率が高いことです。診療報酬体系は病院の設備拡大投資費用などの、間接費用までは十分考慮されていない。単に直接経費(人件費、特定医療材料など)を考慮して作成しているものである。低医療費政策で、医療機関に拡大再生産するだけの十分な診療報酬を戴いていない。急性期病院。特に公的病院の大部分が赤字です。

○医療原価について
 医療保険では診療報酬制度(点数単価は10円)が公定価格で決められています。その個々の診療行為の単価は必ずしも医療原価を反映はしておりません。医療原価が点数を下回れば、医療機関は黒字になる。逆に、医療原価が点数を上回れば医療機関は赤字になります。
1)部門別傾向:「放射線治療部門」「材料費」は黒字のものが多い。「指導管理部門」、「人件費」が赤字になっている。全体としては人件費の大幅赤字により、病院経営は危機に瀕している。
2)費用が病院によりばらつきがある:個々の病院、個々の医師ごとに、同じ疾患でも治療費のばらつきがある。
3)医療の地域格差:平成十一年度医療費マップによれば、一人当たり医療費は、最も高いのは山口県で、一人当たり医療費は四九万五、〇〇〇円(全国平均の一・三四三倍)。逆に最も低いのは千葉県の二七万九、〇〇〇円(同〇・七五六)で、最高と最低の格差は約一・八倍となっている。また、老人医療費は、最高が福岡県の一〇七万八、〇〇〇円、最低は長野県の六四万三、〇〇〇円で、その格差は約一・七倍。国保医療費および老人医療費は、依然として中国・四国・九州地方で高く、関東・甲信越地方で低い西高東低型が続いている。この原因は、いわゆる医療供給による需要拡大の効果である。特に病床数が極めて高い説明力をもっている。ただし、必要病床数を定めて病床数を制限して医療費拡大を抑制しようとする政策は、必要病床数から導いた病床超過率の説明力の低さを考えると、疑問なしとしない。また老人医療費は、貧困層と家庭内看護・介護の困難さ(平均世帯員数が少ない)と医療需要を拡大する。老人医療費全体では所得と負の相関を示すが、老人外来医療費のみは所得が多いほど、高い傾向にあった。

○病院の合理化
 全体の病院の数の減少、国立病院、大学、自治体病院などの統廃合が始まりつつあります。特に個人病院の没落もはじまってきております。日本の医療は現在でも貧困のままである。そのために医療スタッフの劣悪な労働条件。入院環境その他、勤務医の低給与など多くの矛盾が噴出してきている。医療者のボランティア精神で何とか質を保っているというのが現状であろうかと思っております。人件費高騰に悩みながらの、病院の経営努力は極めて限られるわけです。

○聖域なき構造改革について
 小泉内閣の構造改革の基本理念は、資源の再配分を行い、市場原理の因に効率の良い社会を作ろうということのようです。市場の失敗による失われた10年のために、経済が厄介な事態になっている。このままでは日本は立ちいかない。確かに経済の合理化と活性化は必要かと思います。

○現在の政府案について
本田(忠):持続可能な医療制度を構築しようという合言葉のもとに、はじめに医療費の抑制ありきという案で、あまりにも患者負担増を前面に出しすぎています。

栫井:今の国の方針の基本的な問題点は、良質と効率化という課題を、医療費削減というワンパターンで押してきていることです。良質とはなにか?どういったコストなら許容できるのか?といった認識が抜けているので、小児救急なんかが行き詰ることになるのです。従って、医療費削減というワンパターンではない視野で、医療を見直してみることが必要で、個人的には今度の構造改革は、1年先延ばしして、その間にしっかりと議論して欲しいところです。

本田(忠):構造改革により、市場原理に乗っ取った社会を作るなら、当然システムから落ちる方はいるわけで、失業対策ばかりではなく、福祉や、医療制度を充実して、社会全体で、落伍者を支えるシステムを確立しないと、国民の皆さんは安心して働けない。老後や健康が心配なら、どうしても、財布の紐は硬くなる。個人消費が冷え込めば、当然市場原理そのものが崩壊します。セーフテイネットは、等しく皆が困った時は享受できるように安価でなければいけない。また、当然維持するためには、低コストでなければいけないと思います。社会的に、公平で効率的なシステムである必要がある。これがセーフテイネットの基本理念と思います。いわば構造改革を下支えするネットを構築する必要がある。一方、コスト削減と質は、相反する要求です。質を下げないで、いかに効率よい医療システムを作るかが、問われているということでしょうか。

○医療の公平性について
本田(忠):医療を初めとする福祉制度は、社会のセーフテイネットであるわけですから、信頼感に富んだ、公平で、誰でも安心して使えるものでなければならないわけです。供給側である、我々医師の倫理観や収入、医療事故の問題が問われます。時々医師の不正請求が新聞をにぎわしますし、マスコミの批判も根強いものがある。また患者さんが医療機関の窓口での支払いに、疑問をもつ場面も多いようにも見受けられます。連合などは、明細書発行運動も展開している。これらに対しどう思われますか。

諸橋:医師は生死に日常的に関わっているし、地域医療の最前線に居るわけで、倫理観や使命感なくては、とうてい仕事が続けられない。もし欠如していれば、やがて淘汰される運命にあると思います。これはマスコミの在り方もあるわけですが、どの分野でも一部にいわゆる悪い人達は存在します。しかもニュースになりやすいわけです。そこら辺をわきまえてマスコミさんは報道していただきたいわけです。こう判り難い診療報酬の制度では、明細書を発行しても内容の説明に時間を取られ、却って誤解を増やすだけではないでしょうか。現在の医療制度を患者さんに理解して貰うのは大変なことです。私達当事者ですら判らない事が多いのですから。地域に居れば保健や学校、幼稚園、介護保険関係の仕事も増え、時間も取られます。断れない仕事がますます増えてきています。公務員の医師にこういった仕事をやって貰いたいと思っても兼務という壁ではばまれます。地域医療の公共性という観点からは、おかしな話だと思います、ぜひ改革してほしい事柄です。

川島;マスコミの報道姿勢には、常々、疑問に思っております。医師、弁護士、政治家、教師みんなそうです。良いことをしている人は一杯、居ます。それをきちんと報道して、「他の人もそれを真似しよう」と言う気にさせて欲しい物です。日本も、まだまだ捨てたものじゃないということを、感じさせる紙面作りをして欲しいものです。そうすれば、世の中もっと明るくなるということでしょうか。

外山:何らかの、医師の行動規範となる価値観が必要とは思いますが、「倫理観」を前面に出すことには少し躊躇します。私の学生時代、看護学生がよく「看護は愛か仕事か」という議論をしていたのを思い出しますが、現代では、「倫理」という主観的で、内なる規範のみに頼るのは危険だと思います。アカウンタビリティーも含めた結果への責任という外からの客観的評価に耐えうる規範を、プロとして追求していくべきだと思います。最近重視される、説明責任は直接該当しますし、透明性や患者の自己決定権の尊重、といったことも、こちらからの方が導きやすいと思います。もっとも、極めれば最終的にどちらも同じところへ辿り着くのかも知れませんが。現代では、例え実際には隠している情報などなくても、オープンでない姿勢そのものが不信の元になり、安心感は「隠し事がない」との実感から得られるようになったと指摘されています。情報開示運動を進める弁護士からも、“患者が見てわかるかどうかは二の次である。情報を開示することそれ自体が第一義”という発言を聞きました。確かに、クルマの点検(車検)にしても何にしても、明細書には、普通の人が見てもわからないくらいの、詳しい情報が載る時代になりました。時代の変化に対応する必要があると思います。社会の価値観が変わったことは、素直に受け入れるべきだと考えています。
 しかし、大問題は、制度自体が、複雑怪奇すぎることです。また「包括」の場合は、明細が一切明らかにされません。これを何とかしなければなりません。医療機関のサイドからの、医療行為の分析と制度改革をひとつの目標とする、日医のORCAプロジェクトに、大いなる期待を寄せるところでもあります。坂西:明細書発行は、手間は掛かりますが、大切な問題と捉えています。医療費の内訳を、正確に把握してもらう事は、大変重要ではないでしょうか。ある病院では診察料と検査・投薬料の2種に分けて発行しています。患者さんは「こんなに掛かるんですね」と仰いますが、患者さんが医療費内訳に対する意識・知識を持たれる事は、無駄を省く為の前提の一つだと思います。

本田(忠);医師の不正請求で告発されるのは医師、薬剤師、歯科医師を含めて、年間多くて20件程度です。医師だけで25万人居るわけですから、その数は極めて少ないといってよいと思っております。大部分の医師においては倫理感はよく保たれている。しかし患者さんの信頼感が得られなければ、医療は成り立たないと思っております。透明性を確保することが必要になる。そういう意味では、明細書などの発行は大切なことかと思います。ただ確かに診療報酬制度が丸めでは内容が把握できない。診療報酬が包括化されていては、透明性は確保できないと思いますね。同感です。

○医師の収入について
本田(忠);医師は特に開業医はお金持ちだという、根強い「常識」があります。調査では、勤務医は、苛酷な労働環境に置かれ、当直明けでも休みはないし、時間外労働も膨大である。研修医の過労死も最近話題になっております。その割には給料は高くはない。また開業医は、当然年収の多い方もいらっしゃいますが、大部分の開業医は勤務医より若干多い程度で、1千万以下の方が多いというデータでした。平均でも中小企業の社長さんより、若干低いというデータがあります。つまり開業医がお金持ちというのは幻想に過ぎない。保険診療ですから、収入の大部分は保険者から支払われる。当然税金の捕捉率も100%です。

坂西;真面目に診療し正当に請求して得た収入であれば、批判される筋合いはありません。経験と努力が評価された結果とすれば、その多寡は問題外と考えます。自己犠牲の上に成り立つ事は、他業種でも同様。只、開業医の収入が中小企業主と同等などという議論は余り意味がありません。新聞ネタになる多くは不正/水増し請求・不正診療などではないでしょうか。

諸橋:収入は、確かに世間一般の人からみれば高いと思います。その代わり常に待機状態で夜昼起され、休日もない。寝不足でも診療をちゃんとしなければならない。病気で休むわけにも行かない。また累進課税もある。税引後の残りで借金の返済資金、投資資金、退職金を捻出する事となります。実際の生活となるとそう優雅なものではありません。自分の体を壊すより、ゆとりのある生活がしたいと思うのは私だけではないでしょう。収入があっても自由、ゆとりがないんです。

外山:実は地域で他職種の方とコミュニケーションを取ろうとして、「勤務時間外」の話題が出たことがありました。その時、自分達医者はいつでもメールなどで日程調整や連絡、情報交換をすることに余りに慣れていたため、「勤務時間」という概念が却って新鮮に感じられたくらいです。「診療が終わったら、患者は勿論、医学医療のことも考えたくありません」。医師がこんなことを言ったら、仕事になりませんよね。「診療時間外も、仕事(準備・待機)モード」「診療時間外はあっても、勤務時間外はない」。これは、もっともっと、医師の仕事のたいへんな特性として、アピールしてもよいのかなと思いました。

○診療報酬制度について
本田(忠):診療報酬制度や、また保険の給付範囲について(民間医療、高額医療、命の値段)総枠予算制についてはいかがでしょうか。

諸橋:出来高性と包括化についてですが、
1)出来高制の場合:診療を行う上での保険上の縛りは、レセプト審査と平均点の問題。これさえクリアすれば自由に診療行為が行えるようにも見えます。しかし現実はかなりの制限を受けてきています。8年間で老人の平均点数は減少してきています。2)包括化:利点はレセコンの中身が簡単になるくらいでしょうか。当院は地域内では貴重な医療機関です。幼児から老人の在宅まで対応しなければなりません。老人の場合、脳、循環器、呼吸器、消化器、整形など複数の領域の疾患を抱えています。急性期、慢性期の扱い。急性憎悪の対処。包括化で果たして全て対処できるのでしょうか。低医療費政策で、経営のために必要な医療をしなくなれば医療の質は低下します。今までもそれなりに企業努力を重ねてきております。薬価差益なし、支払基金の審査は年々厳しくなってきています。当院は院外処方を出したくても対応する薬局がありません。収入が減ればスタッフの給料を減らすわけにはいかないので自分の給料を減らすしかありません。
本田(忠):DRGは疾患別の標準化というけれど、有り体に言えば行為別でなく、疾患別にパターン化した包括化でしかない。これでは医療行為や内容の分析は出来ない。医療の平準化(標準化ではなく)をはかり、オーバーした分は削ると言う、一律上から押さえる発想だけの診療報酬でしかない。これではコスト計算も甘いし、「合理的」な医療費の抑制は出来ない。だから米国は失敗したのではないか。
 医療の効率化の為には、医療の無駄を除く必要があるわけですが、点数制度を現在の不充分な出来高と、包括化の最悪の組合わせではなく、急性期、慢性期を問わず、診療点数を全て、真の出来高制にして、かつ診療行為の単価は、できるだけ医療原価を反映した点数にする必要があると思います。また、診療報酬が、医療に掛かる全て費用を補填するという考え方に拘らず、施設や機器設備等の資本関連コストに対して、補助金や税金といった、他の政策手段を積極的に活用することによって、病院機能の一層の充実を図るべきであると思います。また健保や国保等の、弱小の保険者の財政基盤が危うい現在、制度間の不均衡の是正。保険者の統廃合や事務の合理化は、必要であるとおもいます。

○総枠抑制論
本田(忠):医療費の伸び率から総枠を決めてオーバした分を機械的に削るという案です。前GE会長のジャック・ウエルチの言葉で、「一般企業では経営が苦しくなると直ぐに賃金の一律カットとか、給料の一斉凍結という手法が使う。これは経営者としては「痛みを分かち合う」という名のもとに、現実を直視しない逃げの経営姿勢でしかない。経営において先ず何よりも大切なことは、企業内の人的育成を図り質の向上を図りながら。常に合理的な経費削減策を取るべきである。」(日経新聞2001・10・25)
 合理的な医療の効率化と経費削減策を取れなければ、当然、会社は潰れると思います。一律カットなどという施策は、無能な経営者の代名詞である。しかし、現在の財務省を初めとする政府案は人命に関わる医療に対して、医療の総枠抑制とか、保険者と医療と患者さんの三方痛み分けとか、乱暴で理念も無く合理性も無い経費削減政策を提言しております。これは明らかに無能な政策と言って良いでしょう。

諸橋::医療は常に、進歩し続けなければいけない分野です。人材育成、質の向上を含め、それなりの投資は当然、必要になってきます。医療の効率化を図り、その結果として、医療費が減少したなら判りますが、最初から医療費抑制ありきでは納得しかねます。

本田(忠):同感です。根拠を保った医療の効率化と、合理的な医療費抑制を図るべきと思います。健康の定義は、社会構造の変化、疾病構造の変化で変わるのは当然です。鍼灸、温泉、皆効果はある。高額医療でも、いずれの分野でも、cost benefit studyが必要と思われます。それで初めて費用負担の論議となる。土建国家で60兆円も予算を使い、医療はたったの30兆円です。これは発展途上国並みの予算配分です。日本の医療が貧しいのも当然です。

○高額医療について
諸橋:一般の医療機関で充分なのに、大学病院などに通院する患者さんたちも、まだ多く見受けられます。医療機関の役割分担を、もっと明確にする必要があると思います。研修も特殊な症例を除けば、大学病院じゃない方が効果的です。大学は、仕事の中身を、研究や一部の臨床教育に絞り込む、制度改革が必要なのではないでしょうか?また研究が必要なのは言うまでもありませんが、ちゃんとした或いは有用性のある研究には、他から予算をしっかり付けるべきだし、弾力性のある予算を回して欲しい。これだけでも医療費はかなり節約できると思います。
 大学病院や一部の高度先進医療機関における、医療費をどう考えるかも大切だと思います。1ヶ月何百万の医療費が費やされる例が増えてきています。先進医療、高額医療の保険扱いにもメスを入れるべきと思います。どこまでを医療保険でカバーすべきか?この部分の扱いで医療費は随分変わってくると思いますが。小島:勤務医時代勤めていた公的病院は、コスト感覚がまるでなかった。また、ある医療行為が社会的に意義があるのか、あるいは”やらずもがな”なのか、自省的に考えることが乏しいのではないかと感じました。大学の医局と”オウム”のカルトシステムに本質的な違いがないのではないか、と考えて落ち込んでいた時期もありました。それでも研究は絶体に必要とおもいます。

本田(忠):移植医療や遺伝子治療など、高額医療の財源をどの様に考えるかというのは確かに難しい問題です。小島先生の言われる勤務医のコスト意識の無さの問題もある。しかし支えきれないから、すぐ民間保険に移行という考えではなくて、先ずは高額医療の内容分析を図る必要があると思います。実際問題、患者さんを前にして自費だから諦めて下さいとは、なかなか言えないでしょう。高額医療は、データ的には薬剤費と手術料が大部分を占めるというなら、薬剤費の妥当性や手術料の妥当性(機材の内外価格差)、ホスピタルフイ-の妥当性(人件費、その他、質の維持に為には、現在十分に診療報酬で補填されていない、拡大再生産に回るまでのお金も必要でしょう。)そこらをひっくるめた医療原価を、まずだして、その費用負担をどうするか、広く論議いただく必要がある。

○市場原理の導入
本田(忠):医療に営利企業の参入や混合診療導入、自由診療など市場原理を持ち込もうという動きがあります。また保険者機能の強化というお話もあります。医療における医師の裁量権と合わせて、どう考えるかということかと思います。わが国の所得格差は、現在行われようとしている、「聖域なき構造改革」の推進により今後拡大傾向に進むとみられます。一方市場原理の導入により
1)自助:自己責任の原則を明確にする。
 社会共通資本としての医療は必要ない。リスクは自分で負いなさい。弱肉強食のまさに鉄火場のルール。弱者保護という、社会共通資本の役割を忘れているのではないか。
2)営利病院参入。
 必ずしも営利病院が低コストで運営されているとは言えず、逆に不採算医療の抑制や、支払い能力の乏しい患者を拒否するなど、クリームスキミング(良いところ取り)を行う傾向がある可能性がある。
3)コスト感覚を上げるために自己負担をあげましょう?。
 需要抑制医療費の75%は入院で使われている。いわゆる社会的入院を除き、価格弾力性のない分野である。自己負担増にしてコスト感覚をあげて影響が出るのは、まさしく軽医療である。よって患者さんはより重症化するまで受診しないことになる。病気の大原則は早期発見早期治療である。情報の非対称の存在下では、コスト感覚を上げただけでは、合理的な需要抑制策にならない。
4)医療の効率化と質の向上が競争で果たされる?
医療の質の向上は選択性(多様性)を増すことではない。ましてや競争原理であがるわけではない。質の向上とは、外科医にとっては手術成績の向上。内科医にとっては治療成績の向上であろう。医療技術革新こそがポイントである。開放論者の言う保険外負担(自由診療)などのアメニテイを増やすことが、何故質の向上になるのか、ほとんど理解不可能である。それは医療の質の低下と、無意味な医療費の増加しかもたらさない。アメニテイでしかない、サービスランチが保険外負担なのは自明である。
 社会共通資本である医療を、市場原理に委せれば、医療費の増加と医療アクセスの不平等の拡大という副作用を生むことになる。医療においては市場原理の単純なアナロジーは通用しない。より効率的で質の高い医療サービスの提供を促すインセンティブを、どの様に構築するのかが問われている。本間氏を初めとする経営諮問会議の論は、そういう意味では暴論に近いと思われる。

坂西:営利企業の参入により経営基盤の改善も期待されますが、一方、当地の例では企業立病院の土地建物を別会社が買収し、現病院は医療法人化してリース契約を結びました。医師会は買収企業に対し、経営参加や転売等を行わない確約を取りました。営利企業参入により企業による病院のスクラップ・アンド・ビルドが盛んになりそうです。ということは、介護保険で見られたように、経営面で支障が生じれば直ちに廃業・転売などの可能性も危惧されます。また営利企業参入は、配当の要からもコスト増に繋がる可能性があります。また現在、一般病院のの純利は3%足らずです。このような状況下で規制緩和されて、果たして参入する企業はあるのでしょうか。

本田(忠):大部分の企業立病院も、ご多分に漏れず赤字ですが最近の参入動向は?

栫井:セコムなどが保険参入してきていますが、大手の健保組合では既に次世代を睨んだ活動をしています。例えば健保組合内に診療所を併設して電子カルテも導入し、健康診断と治療の両方の資料をみながら対応できます。ビジネスモデルが今までと変わってきています。ごく最近、丸紅などが出資した医療経営コンサルティング会社のウエルネスが倒産したように、医療の現状のきびしさが、ようやく企業などに理解され始めたという段階です。これから大きく変わっていくのでしょうか。

○混合診療の導入について
外山:混合診療を、きちんとした形で認めてほしい、という気持ちもあります。例えば「もともと保険がきかない医療行為の、保険診療とのカルテの共用化と同日受診」などです。バイアグラやニコチネルなどの薬剤の自由診療分について、通常診療とカルテを別にしなければならないのは、基礎疾患のチェックという点では危険ですらあると思われます。また健診や検診データが別管理になっては、同一医療施設ですら重複検査の可能性があります。ここをきちんと整えるべきと考えます。
 ただ保険診療と保険外診療を、時間的にも記録的にも並行して行うことを認めるという仕組みをいったん作ってしまうと、保険外診療の枠がどんどん拡大されて、かつ保険診療からどんどん保険適応行為がはずされて、保険診療でカバーする範囲がなし崩し的に狭くなるんじゃないかという不安があります。結局、一部でも正式に認めると際限がないから建て前は崩せないということで、混合診療反対になっているように思います。で、特定療養費制度(の拡大)は「混合診療」ではないと。実際、保険が効かない=高価となりますと、経済的な理由から、必要な検査や処方を受けられないような患者さんは、少なくないように思われます。どう切り分けて制度化するか、何か合理的な判断基準(ものさし)が必要か、これは、たいへん難しい問題だと考えています。

本田(忠):ホテルコストは健康の範囲から外れるから、健康保険外ですね。そういう考え方もある。「混合診療」の規制緩和、特定療養費の安易な拡大は、自費診療部分に民間保険が適用されるため、費用抑制効果はなく、かつ公私合わせた医療費の上昇をもたらす。同時に、診療の質の低下を招く可能性も高い。また、医療費抑制が目的であるからには、現在の、保険診療の範囲縮小につながると思われます。貧しい方は診療を受けられなくなる。安易に、自己負担増に結びつくような政策をとれば、医療はセーフテイネットではなくなる。避けるべきであると思います。

○保険者機能の強化
本田(忠):
1)レセプトの電子化について
電子化は賛成ですが、普及率が低すぎる現状では事実上不可能でしょう。レセコンの無償配布など経済的インセンティブをつける必要がある。そうでないと、導入コストが掛かり過ぎ、中小医療機関の経営を圧迫する。
2)保険者によるレセプト審査
(a)レセプト審査は一元的に実施したほうが効率的
保険者直接審査というが、無床の医療機関である当院でも100個程度の保険者がいる。病院クラスなら1000件は越します。それにすべて別々にレセプトを郵送するのか。郵送事務が煩雑でコストが上がる。
(b)審査権を、直接、保険者に与えれば、公平性が担保されない
医療機関は安くしないと保険者と契約できない。したがって医療機関は、必要な医療もしない可能性がある。この場合医療の質の低下が起こる。また公平な第3者機関がなければ、患者さんから、あるいは医療機関からの保険者への訴訟は急増するでしょう。現在でも、交通事故をめぐる被害者からの訴訟のほとんどは、保険会社相手の任意保険関係です。
(c)インフォームドコンセントと相入れない
保険者は不必要な入院や不適切な医療について支払いを拒否するとともに、悪質な医師・病院を排除する権限も与えられ、いわば医療警察としての強大な役割を担わされる形になります。患者を診察してインフォームドコンセントを行い実施された治療に対して、一度も患者を診たこともなく、また患者と話したこともない非医療者の保険者が「医学的必要性が認められないので保険給付をしない」と反故にするのが利用審査の制度です。公平性の担保されない審査では、患者さんも医師もとうてい納得しないでしょう。
3)保険者と医療機関の直接契約による診療報酬の引き下げ
診療報酬の割引契約が、認められれば、健保の加入者が決められた医療機関にかかった場合、治療費の総額や自己負担が安くなることになる。患者さんにとっては、一見、お得な制度になりえます。現在は個人のリスクに関係なく、一定の負担で必要な医療を受けることができるように、医療機関へのフリーアクセスを確保しています。保険者が一部の医療機関とのみ契約を結ぶシステムとなれば、保険者は医療の質は二の次にして、安い医療機関を選ぶことになる可能性がある。また割引率は医療機関と保険者間の力関係で決まる。保険者間の格差が目立つ中で、保険者を選べない患者さんの間で不平等が生ずる。フリーアクセスと公平性という医療保険の大原則が崩れる。他方、被保険者が保険者を選びそれを保険者は拒否できないとなると、賃金の低い人、年齢の高い人が集中した保険者の財政は、成り立たなくなると思います。医療機関や患者さんの生殺与奪権は保険者が握ることになる。これはいわば大企業の論理を強く感じます。

○保険審査
諸橋;現状のレセプト審査のあり方では、診療の内容がレセプトに十分反映していません。例えば胃潰瘍でガスターなどは、1年で切られます。かといって全員再検査とは行かない。併用禁忌これまた然りです。現場では疑いの病名で薬を使わざるを得ない場合もかなりあるわけです。なんとか審査を現実に見合ったものにして欲しいものです。

小島;保険医とは、保険者が決めたルールに乗っ取って医療を行うことを約束し、保険者から保険医の認定を受けた医師のことですね。したがって、保健医療を行う限り、保険者の定めたルールのなかでしかの裁量権しかないということですよね。本来なら、”胃潰瘍にガスターは1年を限度とする”という明文化したルールを作って切るのがフェア。で、もしそのために事故が起こったら、そのルールを制定した側(=保険者)に責任があると考えるのがスジと思うのですが。あるいは、保険証を提示して保健医療を求めた患者が悪いか。ただ、医師はその患者固有の状態とルールの乖離を知っているわけですから、保険外=自費診療を勧めるべきなのでしょうね。そう勧めなかったら、医療過誤ということになりますでしょうかねえ。

本田(忠):小島先生のは面白いご意見ですね。米国の医療におけEBMガイドラインは専門業者が作り、入院の日数まで決められている。それを保険者が買い取って一律に患者さんに適応する。患者さんの為のEBMではなくて、保険会社の経費削減のための、ガイドラインでしかない。根拠に基づく医療というのは、飽くまで患者さんの病態にあわせ、医師がEBMに乗っ取った文献を提示して、患者さんの同意のもとに治療を行うというものであろう。あくまでケースバイケースで、患者さんの同意のもとに行う個別的な治療であると考えます。定額医療制度(PPS)のもとで、EBMマニュアルに乗っ取り、機械的審査をすれば、医療現場では委縮診療となり、日本版患者残酷物語が出現する可能性が高い。DRGのみなら確かに診療の標準化には役立ち、病院の効率化と質の向上にはなりえる制度ではある。しかしPPSと組み合わされることで、結果的に米国では行き過ぎた医療費抑制策となってしまった。しかも、保険者の力が強くなり過ぎて、医師の裁量権がなくなってしまった。医療の現場では混乱と委縮診療が起こったということかと思います。

○標準化
本田(忠):現在の診療報酬体系はベテランのお医者さんと、大学を出たばかりの医者さんが全く同じ診療報酬を受けているわけですが、本来は、普通の労働市場のように個々のお医者さんの能力に見合った診療報酬が必要なわけです。しかしそのために必要な客観的なデータはまったくありません。また標準化が進めば、医師による、あるいは治療法による成績の差が小さくはなってきます。またそうであらねばなりません。
 患者さんの満足度は、メインの治療効果だけでは判定できない。入院した場合に看護婦さんの対応の仕方とか医者の対応の仕方、告知の問題とかいろいろな問題がある。確かに同じ重症度の患者さんにはできるだけ同じサービスを提供すべきである。ここで医療の標準化あるいはEBM(根拠を持った医療)という概念がでてきます。診療は、あくまで医師と患者さんへの説明と同意の因に個別的に行うべきと思います。しかし断じて包括化ではない。包括化は原価を反映しなくなる。出来高を堅持すべきです。地域格差は、その地域の社会構造に密接に関わっている。いずれにしても予防医学に力を入れて、地域全体で健康を維持するという考え方が必要で、これがかかりつけ医運動や生活習慣病運動となっているということかと思います。

○医療の裁量権の堅持
本田(忠):プリンストン大学のラインハルト教授は,「誰かから細かく管理されたり常に干渉されたりすれば,実際に仕事をしている人に反感を抱かせるだけでなく,その勤労意欲を削ぐだけだということは、医療以外の分野では常識だった。マネジドケアは,こんな簡単なことに気がつくのに10年もかかった」と,マネジドケアの「革命的」決定を揶揄しました。医療にとって必要なのは、まず第一に「評価」や「監視」や「管理」ではなく、医療従事者の働きやすい環境を作ることで、医療従事者の能力を最大限に発揮できるようにするべきである。技術革新は自由で闊達な環境でのみ行われる。管理強化で生まれるのは委縮診療だけである。医療現場は荒廃する。マネジドケアの失敗に学びましょう

○医療の効率化
本田(忠):医療の効率を良くするとは最小のコストで最大の便益を図ることです。コストに見合った医療を提供しているかどうかが問われます。現在の医療の性質は
1)重症な患者ほど多くの費用がかかっている。
2)患者の回復度:費用がかかればかかるほど回復度が高まってくる。つまり回復度を高めるためには、より費用をかける必要があるわけです。医療は日進月歩で、特に移植医療や遺伝子治療などの高度先進医療は非常に高額である。一方医療は前にも述べましたが、セーフテイネットのわけですから、低コストにしないと維持できないと思います。無駄を省き、しかも同時に質の向上を図らないといけないわけです。しかしコストを掛けないで医療の質の向上を図るという、この相反する要求に答えるのは至難であると思います。どの様にして医療の効率を上げましょうか。

川島;従来の診療報酬のもとで、誤解を恐れずに言えば、病院経営は薬価差益で潤っていた。これは或る意味では医師だけでなく厚生省も技術面を見ないで利益を「薬価差益」に振り分けていた。医療機関も他の診療報酬の不足面をそれでカバーしていた。そこで患者の方も医者に掛かると薬(モノ)がでる。だからそれに対してお金を払う。これに馴らされていた。ところが突然、薬漬け医療とやらで「薬価差益はまかりならん」となった。そう薬を使っていたわけではない。しかし収入が減れば、当然、医師の方も「技術料に正当な評価を」と言うことになる。ところが、患者さんの方は、相変わらず物に対してお金を払うと思っている。いわば技術、或いは話を聞いて診断するなどの医療行為に対してお金を払う習慣がないわけです。今が過渡期なんでしょうか?

外山:我々医者側もこれまで、自分たちの「プロ」の部分を本当に大切に扱ってきたのかな、という思いがあります。予防接種、或いはお話だけの診察、処置や検査、処方を伴わない診療の時でも、実費さえ回収できればと、モノの費用だけ貰って、形の無い部分については自ら粗末に、結構、大胆にディスカウントする部分が無きにしもあらずではなかったでしょうか。これは勿論、患者さんの負担などを思い図ってのことであり、かつては美徳であったことでしょうが、最近の、全く余裕がないところでのコストを巡る議論を聞いておりますと、医者側の意識や行動が変わることも必要かと思います。「善意」でボランティア的にやってきたことが、コスト不要とされないよう、「プロ」の仕事の部分がきちんと評価されるよう、働き掛けは必要と思います。
 そもそも診療報酬制度の説明責任は誰にあるのでしょう。一種の公定価格の説明責任を各医療機関に負わせるのは、どう考えてもおかしくはないでしょうか。薬剤の一部負担制度が導入された時、各医療機関は説明に多大な労力を割かれたことと思いますし、病院などでは専用の説明カウンターを設置した所もあると聞きます。こういうコストは誰が負担すべきなのでしょう。現在の改革案の中で、レセプトの電子化・電送化や基金を廃止して直接請求・直接審査をというものがありますが、この変更に伴う設備費用や事務費は誰に負担させるつもりなのでしょう。省庁再編となったら税金を使って印刷物や道路標識まで書き換え、企業ならばCIとか言って、企業名を変更したら多大なコストを掛けて封筒や名刺などを刷り直し、そのコストは商品に上乗せされるのに、医療においてはこのようなコストを見積もったり、全体にきちんと盛り込まないのは、どうにも納得できません。栫井:国民の皆様が納得するのに、必要な医療水準については、もっとコストを掛けても良い筈ですね。現時点では、救急医療なんかも補助がないと「良質の医療」は無理でしょうね。

松本;聞いた話ですが、国民皆保険制度ができた当時、診察料をどのくらいの値段にするかという論議がありました。「疾病の初診料は、男性の散髪屋の料金と同じくらいで良いのでは、という程度の意見で決まった」とか、「患者さんが初診や再診合わせて1日20人くらい受診された医療機関が、きちんと機能するくらいの収入になれば良い」という程度の認識で、医療費の最初の設定がされたようです。そこからスタートしていつの間にやら今の状態になったのですから、体系的な話ではないですよ。医療費は、最初に総枠の金額を決めて掛かるから、様々な軋轢が生じるのです。国民にどのような医療を提供するのかという観点から必要なコストを割り出し、どのくらいのコストで、どの程度のサービスを容認するのかが決まるのが、正論ではないかと考えています。

坂西:コスト削減の方法としては、たとえば薬価・医用材料費の削減、この一割カットで、日医総研によれば7804億円削減可能だそうです。2002年度医療費増額分を差し引きますと、7090憶円の総医療費減額で、医療費総額は約2.3%の減少することになります。その他の医療費削減策としては、未収金回収、包括化見直し、二重診療回避・診診病介護連携による検査・投薬の無駄の削減などが挙げられます。その他の種々の医療費削減策で、患者負担増がなくとも、1兆9850億円+α程度の医療費抑制が出来ます。

○医療の効率化と質の向上
本田(忠):医療の効率化は、質の向上と、コストの削減により図られますが、医療という財の性質上、質の向上は医師の教育と技術革新によってなされます。開放論者の言うごとく、競争原理や選択性の向上(自由診療、保険外負担)で図られるものではありません。医療の効率化は、まずは質とコスト感覚を持った医師を育てることが第一であり、研修制度や専門医制度の充実が望まれます。

○医療における情報公開の問題点。説明と同意の問題
本田(忠):患者さんのニーズの多様化は時代の流れです。それに答える為にも、各病院の情報公開は、もっとすべきと思います。しかし果たして単純に情報公開して、しかも「比較広告」すれば、すべては解決するのでしょうか?病気は非常に多様であり、従って患者さんのニーズも多様です。家庭の事情なども有るでしょう。そういう意味では、決められたルールなど無いに等しい。飽くまで病気は個人的、個別的なものなのです。医師も患者さんの事情に合わせて、現場で柔軟に対処する(裁量権を、最大限に発揮する)必要があると思います。またその為にも、患者さんの意志の元に自由に医療機関を選択できるフリーアクセスを、決して規制すべきではないと思います。

○まとめ
本田(忠):皆さん、長い時間、有難うございました。またこの文は2001年10月から11月の2ヶ月に渡るメーリングリストでの討論を纏めたものです。刺激的なお話となりました。ご協力感謝します。


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