医療法の改悪?−臨床検査科の立場からー  (日本病院経営学会抄録)

              東京女子医科大学医学部感染対策科講師  菊池 賢
平成12年11月30日、第150回臨時国会で成立した「医療法等の一部を改正する法律(平成12年法律第141号)」に伴う政令・省令改正につき、病院に臨床検査室を必置施設としない旨(下記資料)が盛り込まれた。
厚生労働省は既に診療所などで一般化している検体検査の外注化を追認しただけとの認識だが、その背後には近年進んでいる国公立病院の統廃合、国立大学病院の独立法人化に伴い、大規模なリストラへ舵を切ったとみることができよう。院外処方採用による病院薬剤部の大幅な縮小に続く、臨床検査室の大規模な人員整理、削減の次なる標的なのである。
先頃、発表された「国立大学附属病院のマネージメント改革?国立大学法人化と医療制度改革に向けて?」には「検体検査は外部に委託し(ブランチ方式またはFMS方式)、生理検査、時間外検査および緊急検査は、原則、検査部で対応するが、人員の有効利用から 外部委託も考慮する。将来は、生理検査(脳波、心電図、呼吸器等)について外部の検査技師派遣による請負契約で行うことも検討する。国立学校法人化になった場合は、検体検査(血液、尿等)は外部の検査センターに場所と設備の貸与契約を結ぶ(FMS方式)ことも検討する。」とある。外部委託を自ら方針として認め、それを推進させることは既成事実と決めつけている。確かに、病院の機能、規模によっては、臨床検査室を自前で所有するのは経済的効率の点から好ましくないケースもある。しかし、全ての検査を外部委託しても良いのであろうか。
病院薬剤部の大幅な縮小時にはかなりの病院薬剤師は調剤薬局に回され、形の上では雇用は確保されたようにみえる。雨後の筍のように薬局が次々に建てられた。おかげで日本全国どこへいってもすっかり病院周囲の外観は変わってしまった。しかし、本当に院外処方の採用が患者の為になったのであろうか。病院の会計を終えて、また、薬局で薬の受け取りをせねばならない。患者にとっては手間が増えた。高齢者や状態の良くない患者にはきつい負担になっているだろう。患者自身からもあまり芳しい評判は聞こえてこない。費用負担が増えたことの文句を言われるケースは非常に多い。
臨床検査室の廃止で院外調剤薬局の設立にあたるものとして、厚生労働省は検査センターを想定しているものと思われる。ツケと後始末は民間に任せようという訳である。
現在の検査は薬の処方や診療と同じく、保険点数で個々の検査の値段が決められている。薬で生じた薬価差益で病院が儲けてきたように、検査についても検査価差益が存在する。検査では早い時期から検査センターが検体検査に大きな役割を果たしてきた。現在、日本衛生検査協会所属の検査センターは160社、属していないを含めると我が国には約500の検査センターがある。これらの検査センターはSRL, BCL, BML、大塚アッセイなどを除くほとんどが中小のラボである。こうした検査センターは病院側と検査を請け負う値段の交渉を行う。通常のケースで保険点数の70%程度の値段で取り引きが成立しているが、中には10-20%という、どうころんでも検査センターの利益が出ない値段で取り引きされているケースもみられる。治験、研究などの利幅の大きな発注を受託する代わりにサービスで検体検査をただ同前で引き受けるのである。治験や研究には製薬企業や国家予算がつき、病院の懐は全く痛まない。病院経営の点からは美味しい話なのである。また、経営基盤の苦しい中小センターでは徹底した検査の省力化、ひどい場合はまとめて10検分の検体を一緒に混ぜて測定し、異常が出たグループのみ測定し直す、などという裏技も平気に行われている。当然、検査の質など完全に無視されている。こうしたダンピングに厚生労働省が目を光らせるのは当然で、薬価の引き下げ同様に、2年毎の保険点数見直し時には検体検査料の引き下げが繰り返されてきた。4月に施行される今回の保険点数見直しは小泉内閣の「3者痛み分け」の産物として、特に検査に関してはことのほか厳しい内容となった。現在の検体検査は検査センターにとっても特に、体力の弱い中小センターは廃業するか、大手に経営統合させられるか、どちらかの選択肢を突き付けられることになった。何のことはない、検査センターと病院で結託した結果が自分達の首を絞めることになっているのである。
おかみの決めたことには粛々と従うのが日本人の特性である。厚生労働省の筋書きでは多くの国公立病院で検査室?特に検体検査部門の外注化、ブランチ化が急速に進む、というか進ませられる。民間病院も背に腹は変えられないし、おかみに逆らうことは目をつけられることにもなりかねないので、粛々と従うことになるだろう。病院側は発注する検体検査は、暗黙のうちに同じ質と報告体系でできるものだと考えている。ところがこうした条件は経済性、人員、全ての面で効率が悪い。いわば各病院毎のオーダーメードを要求する訳で、企業の立場からは、従来の保険点数70%の費用ではとても割に合わない。また、ブランチ化ともなれば余剰人員を抱えることになる。検査センターも外注化、ブランチ化に非常に慎重になっている。現在の検査センター側には病院の検体検査をこれ以上、オーダーメードで受注する体力、余力はもうない。それを病院側が要求すれば、相当な検査の質の低下が、後々の医療過誤、医療訴訟などの問題に必ずや跳ね返ってくる。そして、ある日どこの検査センターも検査を引き受けられなくなった時に、病院が立ち往生することになる。実際、そのような状況を思わせるケースが散見しはじめている。
厚生労働省がこの法改正に伴って起こりうる検査室の現状を民間委託で切り抜けようとするならば、検査の点数の適正化と検査の質の確保を監視するNGO組織を早急に作る必要があろう。
私は、今回の法改正において、ドラスティックな変化が検査室に起こることを確信した。このままでは日本の検査体制と医療の質は崩壊する。しかし、関連学会の動きは鈍い。この問題は、採算性の悪い感染症検査への影響が特に大きいと考え、危機感を抱いた。新しい年になってから、やたらと院内感染がマスコミの話題になっている。セラチアありMRSAありアシネトバクターあり緑膿菌あり、その菌種も多岐に渡っている。ここで、判を捺したようなお決まりコメントは「感染対策をきちんと。報告はすみやかに保健所に。手洗いの励行と院内感染対策委員会とマニュアルの設置を。汚染病室の消毒を。」である。具体的に現場に何が必要かは誰も指摘せず、教科書に書いてある、しかも場合によっては間違っていることしか報道されていない。感染対策の問題は根深い。現在のわが国はあまりに感染症の臨床を軽視というより無視し続けてきた。日本の感染症を陰で支えて何とかある程度のレベルに保っていられたのは、検査室がしっかりと役割を果たしていたからにほかならない。本講演の主旨を逸脱する可能性があるので、この位で留めるが、このような外注化の流れが院内感染を確実に多発させる原因となることだけは断言する。一旦、ことが起これば、病院の信用は完膚なきまでに失墜させられるであろう。とても外注化したことのコストと合うとは思えない。
私は自分自身が幹事を務める日本臨床微生物学会に国との交渉を行う渉外委員会の設置を求めた。その結果、感染症検査検討委員会が設立され、委員長として1年間、関連学会、お役所、医師会、検査センターなどを廻った。誰も手を挙げないので敢えて火中の栗を拾い上げた次第である。しかし、足下を見れば、私の勤める東京女子医科大学病院も例外ではない。東京女子医科大学版ブランチ化という今までにない試みの大プロジェクトが上層部で進行している。おかみの圧力、逼迫する病院経営には逆らえないのである。私ごときの力はもとより検査部長クラスですら、到底太刀打ちできない力が働いていることを日々実感している。日本版DRG-PPSも確実に導入が進んでいる。ますます検査のコストは削減されるが、外注化が感染症検査で行われば、院内感染などの危機管理はできなくなるだろう。DRG-PPSでの赤字体制と病院経営逼迫は更に進行するものと思われる。そんな中でも、検査体制と医療の質をどのように確保していくべきなのか、考えていきたい。

資料(抜粋)七 病院等の施設基準の緩和に関する事項

(1) 病院が有しなければならないこととされている施設について、
(1) から(4)までのとおり緩和等を行うこと。
?中略?
 (2) 臨床検査施設について、検体検査の業務を委託する場合に
あっては、当該検査に係る施設を設けないことができることとすること。