中央社会保険医療協議会
 診療報酬基本問題小委員会(第50回)議事次第から:
       平成16年11月17日(水)  厚生労働省 専用第18会議室
●「混合診療についての見解:医療現場と学会の実態を踏まえて」(やや読み易く改編)
       平成16年11月17日  斉藤寿一氏(内保連代表)

1.発言の立場

 内保連(内科系学会社会保険連合)は内科系の70学会が加盟する社会保険医療に関する連合で、各学会の社会保険担当理事が代表として参加している。70学会の会員の総数は約50万名程度である。
 混合診療についての考えは学会により、あるいは個々の学会員によって必ずしも一様ではない。ここでは代表の個人的意見を述べるが、同時に各学会の最大公約数的意見から大きく逸脱するものではないと考える。

 わが国の医療保険制度は、保険料の徴収とその対価としての疾病・負傷に際しての被保険者への療養の給付という「狭義の保険機能」を担って被保険者たる国民に平等な医療の提供を保証しているが、それと同時に、給付される医療の質が有効かつ安全であることを専門性の高い審査によって国民に保証する、いわば第二の、しかし不可欠な役割を果たしている。
 医療という現物給付を基本とした保険制度で、保険医療機関が被保険者から一部負担金以外の費用を徴収する行為を混在させることは制度の理論上整合性を欠くとされる。敢えてその混在を容認しようとする場合には、その必要性を裏付ける根拠を明示しそれがもたらす結果、影響についても十分に慎重な検討が必要である。

2.「混合診療」論議における言葉の問題

 混合診療の論議はその推進派と慎重派とで使用する言語の意味内容についての実質性を伴った正確な説明や共有される理解が乏しく、その結果として議論が噛み合うことなく平行線をたどるきらいがある。今回の意見陳述では主として規制改革・民間開放推進会議(以下、「規制改革会議」と略)側の発言や発表とし、同会議が8月3日付けで示された「中間とりまとめ(案)」(以下、「中間とりまとめ」と略)や新聞報道等から知り得た内容を医療現場と学会の視点から検討、吟味したい。

 まず「混合診療」という語は使用する者によって多様であるが、ここでは中間とりまとめで使用された意味、「保険診療と保険外診療とを一連の診療行為で同時に行なうこと」として検討する。これに関わる一連の発表からこの保険外診療にはいわゆる「民間療法」も含まれると考えられる。

3.内科系学会に共通する2つの基本認識

 以下の2点について異論を挟む学会は、内保連加盟70学会のうちには存在しないと考えられる。
  1. 国民皆保険制度の堅持
     WHOが2000年に発表した報告では、「医療の質と平等性」は米国が世界15位であるのに対し日本は1位である。その反映として健康寿命も日本が1位である。一方、対GDP比で見た国の医療費は米国が1位で日本は19位である。費用対効果でみても日本の国民皆保険制度は世界に誇るべき優れた制度で、これは将来にわたって揺るぎなく堅持されなくてはならない。
      
  2. EBMによる医療
     19世紀後半以降、欧米諸国とわが国によって蓄積された科学的検証法に立脚した医療、即ちEBM(Evidence Based Medicine)が医療の実践には必須であり、有効性と安全性とがこのエビデンスにより科学的に確認された医療を国民に還元することが基本である。
4.混合診療導入の必要性への疑問

 規制改革会議が混合診療導入の根拠として主張して居られる点を以下、医療現場と学会の立場から逐一、検証する。
  • 規制改革会議側は混合診療の必要性の根拠として以下の様に述べて居られる。
    1. 「混合診療の禁止は『医師の裁量権』と『患者の自由な選択』に対する官の過剰な関与である。」(10月23日付け朝日新聞)。
    2. 「一定水準以上の医療機関には混合診療を認めるべきである」と発言して居られ、また同様の表現は中間とりまとめの中にも記載されている。(10月23日付け朝日新聞)。
    3. 「民間療法に対する心配は、これまで競争のなかった医療界の弊害」(鈴木良男議長代理、メデイファックス10月25日号)
    4. 「専門医の間で効果が認知されている新しい検査法、薬、治療法・有効性が認められる抗癌剤などの医薬品の保険外症例への使用」(中間とりまとめ)
    5. 「混合診療が解禁されれば、患者がこれまで全額自己負担しなければならなかった高度、先端的医療が公的保険による手当ての下で受けられる」(中間とりまとめ)
        
  • 上記それぞれの検証
    1. 官の過剰な関与について
      1. 「医師の裁量権」について
         現行の保険制度の下で、医療の現場にある医師の側から見て官の過剰な関与のため「裁量権」が冒されていると感じたり、あるいは賦与されれていない「裁量権」を得たいと希望する医師は現実には殆どいないと思われれる。本来、権利とはこれを希求する者に与えられるべきであって、押付け的な権利の賦与、強制はもとより成立しない。更に権利には当然のことながら義務を伴うがこの裁量権についての義務内容は示されていない。裁量権を賦与すべき対象者が殆ど存在しない以上、裁量権の賦与を理由とした混合診療導入は根拠を持たないと言えよう。

         裁量権の内容を、保険医療の実態から更に検討すると(i)保険に収載されている医療を担当する患者に実施する際の裁量権、と(ii)保険に収載されていない新しい医療についての安全性と有効性について個々の医師が裁量する権利、の2点が考えられる。

        (i)については現在、裁量権は一切制限されていないと言える。
         保険収載されて医療を患者に給付するか否かの裁量は100%、担当医師に委ねられており医療現場では何らの問題も発生していない。従って混合診療導入の根拠とはなり得ない。

        (ii)の未承認の医療の安全性と有効性についての裁量権については、これを個々の医師に与えることの危険性を無視できない。特に安全性について十分な科学的検証を経ないままに開始された医療行為が重大な医療事故を招いた事例は、現行の規制下でさえ枚挙にいとまがない。
         たとえば最近の抗癌薬「イレッサ」の副作用による死亡事故、血友病治療薬による「エイズ感染症」の多発、あるいは「未熟児網膜症」による失明者の発症などの痛ましい事故やその判決で示された内容を我々は今、鮮明に想起し、教訓としなければならないと思われる。

         この様な安全性未確認の新しい医療の適否に対する裁量権について医師は行使不能の危険な権利として賦与されることをむしろ辞退せざるを得ないであろう。新しい医療の安全性と有効性に関する裁量は専門家からなる公的な判定組織の慎重な検討に委ね、科学的検証を経てはじめて認可される「規制」を堅持することが妥当である

        「混合診療に関わる裁量権は医師に広く賦与した上で、裁量に自信を持てない医師は裁量権を行使しなければ良い。」との主張もあるいはあろう。しかし、一般に事故は自信をもって行なった行為に付随して発生することが多く、それ故にこそ運転免許証保持者に対しても道路における車両の速度規制の遵守が求められている。
          
      2. 「患者の自由な選択」について
         現行の保険制度下においても保険収載された医療は原則としてインフォームドコンセントのもとに実施されており、ある検査や治療を受けるかどうかは100%患者の自由な選択に委ねられている。
         従って、ここで制限されていると仮想されている「患者の自由な選択」は専ら、安全性や有効性が公的に確認されていない新しい医療、あるいは民間療法などを指していると考えられる。
         安全性や有効性が確認されていない新しい医療について、患者の自由な選択に委ねる事は、「自己責任」の観点からは一見、是認される様にも見えるが、現実的にはきわめて危険であり悲惨な結果を生む可能性を容認することとなる。上記したイレッサ薬害、エイズ薬害あるいは未熟児網膜症などの医療事故はいずれも患者の同意または選択で行なわれていることを直視する必要がある.科学的検証を経ない新しい医療の安全性や有効性は、上述のごとくこれを説明する個々の医師自身の裁量能力さえも越えており、その条件下で「患者に自由な選択」を求めること自体、棒造的な自己撞着を含んでいると言えよう。

         一般に「患者の選択」については情報公開と説明努力によって適切な理解を得ることが可能であるとの主張も散見されるが、情報の受け渡しは情報提供者と情報受容者の双方の状態(能力)で決定されるという基本的事項が看過されている議論が多い。医療とは何の関わりもない環境で数十年を過ごして来た高齢者に高度で最新の医療の有効性と安全性とに関する選択を、担当医師にも十分には理解し説明出来ない状況下において、自己責任で「自由な選択」を求めること自体、非現実的である。この様な避けがたい「情報の非対称性」が存在する以上、医療における「患者と医師の自由な実約」(中間とりまとめ)は本来、成立しえないと考えられる。ましてや有効性と安全性が科学的に検証されていない「民間療法」について、保険診療での併用が容認された場合には、言葉巧みな業者等の勧めについて「自由な選択」を患者に求めるのは、危険性と費用の浪費を公的に容認することにつながる。一般に、この様な詐欺まがいの「民間療法」の違法性を裁判等で争うのは一般の詐欺事件等に比較してきわめて困難であり係争期間も長期化すると考えられる。従って、現在の状態以上の「患者の自由な選択」は非現実的であり、混合診療導入の現実的な根拠とはなり得ないと結論される。
           
    2. 「一定水準以上の医療機関」について
      • 一定水準の意味が何であるか具体性を欠いているが、仮に大学附属病院を想定しても、前述の様な重大な医療事故はむしろ大学附属病院などいわゆる「一定水準以上の医療横間」で多く発生している。即ち医療機関の水準に関わりなく、新しい医療の安全性や有効性についての裁量は個々の医師や医療機関の能力をはるかに越えており、「一定水準以上の医療機関」という抽象的な範疇で医療の安全性を担保することは不可能である。一般に最新の医療に関する国際的な医学論文の報告はごく限られた専門性の高い専門家の集団以外は、たとえ医師であってもその内容を適切に評価することは出来ないと考えられる。
         従って新しい医療の安全性と有効性に関する裁量権を個々の医療機関に与えることはその水準に関わりなく危険を伴い、それを混合診療導入の拠り所とすることは当を得ないと言わざるを得ない。
          
    3. 医療界の弊害について
      • 混合診療を解禁する根拠として民間療法なども含む保険外医療を保険診療と併用して一連の医療行為で行なえる様にすべきである.との見解であると思われる。現在も癌の患者で有効性が宣伝される民間療法にとらわれて、必須の癌治療の時期を逸したり、法外な費用を私的に支払って有効性不明の民間療法を受けている患者が少なからずある。これらのいわゆる民間療法が「無効である」ことを科学的に証明することは原理的に困難であり、その盲点をすりかえる形で無効であることが証明されないことを有効であることの証であると誇張して、癌に苦しむ患者に詐欺的な医療を流布する行為が後を絶たない。民間療法については安全性と有効性に関する科学的な証拠、エビデンスが必須であり、これを欠く行為は加持祈祷と同等であるとさえ言える。さらにE B Mとしての基本的要件を無視することは、広く現代社会を支える自然科学そのものの否定につながると言えよう。その様な民間療法を保険診療と共に併用することを公的に認知することを、混合診療導入の根拠とすることは到底できないと考えられる。
          
    4. 医薬品の保険外症例への使用について
      • この記載は中間とりまとめの中で「混合診療が容認されるべき具体例」項目の筆頭に掲げてある。しかしこの記載も具体性と実証性が乏しいと言わざるを得ない。まず、ここでいう「専門医の間」も実態は不明である。たしかに学会の多くは専門医を認定しているがそれは専門的な当該領域の診療を高い水準で行をう能力があることを学会として認定しているに過ぎず、その専門医が保険収載に先立つ新しい医療や民間療法の有効性や安全性を確実に裁量する能力を身につけていることを保証している訳ではない。前述した如く、医療に用いられる新しい検査や治療の妥当性は専門医同士が風評の様な形で認知するのではなく、専門家組織での公的な検討を経て規制が解かれる以外にその有用性と安全性とを保証する道はないと考えられる。また記述中にある「有効性が認められる抗癌剤」は有効性のみではなくその危険性にも検証が加えられる必要があることは、前述の「イレツサ薬害」が教えている。ちなみに現実には海外の製剤も含めて有効性と安全性とが確認された抗癌剤で保険採用されていないものは殆んど存在しないと言われている。

        以下、「混合診療が容認されるべき具体例」として中間とりまとめに列挙されている各項目ば、ほとんどが今後、公的な審査を経て「特定療養費」や保険本体への収載で対応できるものと考えられ、これらは混合診療導入の拠り所としては脆弱であると言わざるを得ない。
           
    5. 患者の負担軽減について
      • 現在の保険制度の下でも安全性と有効性とが確認されていて、しかも保険に収載されていない医療については、現実には殆どが患者に負担を求めることなく医療機関の持ち出しによる負担において実施されている。さらに保険者査定の段階でも療養担当規則の保険収載項目の厳密な適用では「査定」の対象となり得る場合でも、レセプトに添付される症状詳記などによって個々の患者の病態に即して現実的に蕃査されている実態もある。したがって保険外の医療を受けるために本来は保険適用を受けられる部分まで全額自己負担することは理論的にはありうるが現実には殆ど見聞できない。逆に混合診療が導入されれば国民は保険外医療における医療費負担への不安から、給付率が低かったり高齢加入者の選別などを含む民間医療保険にさえ加入せざるを得なくなり、現行の国民皆保険制度の空洞化につながる可能性が否定できない。さらに民間医療保険会社が上げる利潤を考慮すれば、国民が将来担う医療費の総負担額はむしろ増大する可能性が大きい。即ち短期的、局所的には一見、患者負担が軽減される様にも見える混合診療は長期的には負担と給付の比率からみれば患者の負担は拡大するものと思われる。誤解を招きかねないこの記載は現実には希有の局所的状態を誇張しており、混合診療導入の根拠として適切であるとは言いがたい。
 ◎「混合診療導入の必要性についての疑問」の要約
  1. 医師の裁量権が官により過剰な関与を受けているという実態は存在しない。
  2. 「民間療法」を含む医療の「患者の自由な選択」の拡大は、仮に患者にとって可能であったとしても、少なからぬ危険と有効性の乏しい医療への過大な出費とを公認することにつながる。
  3. 「一定水準以上の医療機関」や「いわゆる専門医」であっても個別に新しい医療の有効性と安全性を判断し裁量できることは保証されない。
  4. 保険外診療と保険診療との混合が長期的に見て、国民の医療費負担を軽減させるという根拠は認められない。

5.混合診療解禁後の弊害

 安全性への危惧と並んで、混合診療解禁後に発生が予想されるもっとも憂慮すべき事態の一つに医療の平等性の崩壊がある。一般社会の趣味、嗜好あるいは快適性に関する領域では当然ながら消費者の経済力によって選択の対象が変化する。しかし医療は、患者にとってこれらに比してははるかに切迫した肉体的苦痛や生命に関わる状況下で止むなく行なわざるを得ない選択である。同室で隣同士にべツドを並べて同病に苦しむ2人の患者が経済力の差で医療の質を唆別されるとすれば、これは医療倫理と人間性に著しくもとる決して許されない状態である。患者の経済力で医療の内容を差別してはならないことは臨床医の良心に基づく基本的理念であり、大学や臨床研修指定病院など、次代の医師を育てる医学教育の場でも繰り返し強調されている点である。

6.保険未収載の医療の問題

 現実の保険診療においては有効性と安全性とが科学的検証を経て確認されていながら保険収載されていない医療が存在することは事実である。これらは2年に1度の診療報酬改訂に際して、学会社会保険連合からも厚生労働省に対して要望書として一括、提出されている。これらの医療については、現行では保険収載に長い時間がかかり、あるいは今後の収載の見通しも立っていない項目が少なくないことも事実である。これについては今後、現在の「特定療養費制度」について、審査の迅速化、範囲の拡大そして当該医療の評価が確定した時点での保険本休への速やかな収載などを踏まえた制度の改訂が強く期待される。中間とりまとめに示されている「混合診療が容認されるべき具体例」の殆どは今後改訂された「特定療養費制度」で十分に対応できるものと考えられる。
「特定療養費制度」の改善の方途が今後見込まれる限り、保険未収載の有用で安全な医療が現時点で存在すること自体が直ちに混合診療導入の根拠となるものではない。

7.結語

 医療は実証科学としての臨床医学の展開であり、国民への還元である。わが国の国民皆保険制度は平等性、有効性そして安全性を被保険者である国民に約束し、国民が共同の負担において築き上げた世界に誇るべきかけがえのない至宝である。国際的に見ても、費用対効果の点できわめて優れた実効性を発揮している。この制度は今後も揺るぎない形で堅持されなくてはならない。一方、高齢化社会を迎えてわが国の医療費は今後更に増大するものと考えられ、その点で有効とされる医療であっても、とめどもない保険収載はもとより困難である。今後は医療費の動向を十分に踏まえ、良質な医療を厳選しつつ保険収載する努力も必要であろう。

 混合診療は現物給付を骨格とするわが国の皆保険制度とは相容れないとされており、その導入は長期的に見れば国民の医療費負担増大に拍車をかけることも憂慮される。これらの点を総合すると、医療の安全性と平等性に重大な疑義がある混合診療を、敢えて導入することの必然性、妥当性あるいは正当性は医療の実態に照らして現時点では認められないと結論される。

 混合診療の導入は親制改革会議が主張して居られる「患者本位の医療」とはむしろ逆の方向に医療を誘導しかねないことが強く憂慮される。混合診療は規制改革会議が示された「民主導の経済社会の実現」という中間とりまとめの副題が明示している様に、専ら経済という一側面からわが国の医療を検討し提起された命題である。今後はこれを一つの出発点として、わが国の患者が眞に必要としているものを正確に直視、把握し、また診療所や病院における医療の実態を深く認識した上で、拙速を避けつつ、現実に即した慎重な検討を時間をかけて進めることが健全な医療政策として不可欠であると思われる。


混合診療の部分解禁=特定療養費制度拡大と『患者の視点に立った医療と経営』−医療経済・政策学の視点から  二木立先生
出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、無断引用は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見・御批判等をいただければ幸いです
二木 立 (にき・りゅう) niki@n-fukushi.ac.jp
大学Tel 0569-87-2211 Fax 0569-87-1690
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自宅Tel 052-853-1626 Fax 052-853-1087
〒467-0826 名古屋市瑞穂区白竜町1-56-6

今回お送りするのは、12日3日(金)の第3回日本医療経営学会学術集会・シンポジウムT「患者の視点に立った医療と経営」での、私の報告「混合診療の部分解禁=特定療養費制度拡大と『患者の視点に立った医療と経営』−医療経済・政策学の視点から」の口演原稿に加筆補正したものです(『日本医療経営学会・会誌特別号(学術集会報告書)』掲載予定)。混合診療と特定療養費制度拡大について、最近の動きを含めて、包括 的に検討・批判しています。本論文の構成は、以下の通りです。
  • はじめに−本シンポジウムで混合診療・特定療養費制度を取りあげる理由
  • 1.混合診療の全面解禁をめぐる論争の本質
     ○公的医療保険の給付水準(理念)の対立−「最適水準」説対「最低水準」説
     ○療養費制度と混合診療との異同
     ○混合診療解禁論の2つの不公正
  • 2.混合診療の全面解禁がありえない6つの理由
     ○「特定療養費制度の見直し」で(再)妥協へ
  • 3.特定療養費制度を拡大しても、医療費・病院収益の大幅増加はない7つの理由
     ○4つの理由
     ○3つの追加的理由
     ○例外は首都圏の民間ブランド病院
  • 4.特定療養費制度の乱用・ルールなき拡大=「第3分類」の患者・医療機関への影響
  • おわりに−混合診療解禁論争の2つの盲点

混合診療の部分解禁=特定療養費制度拡大と「患者の視点に立った医療と経営」
−医療経済・政策学の視点から

(2004年12日3日第3回日本医療経営学会学術集会・シンポジウムT「患者の視点に立った医療と経営」での口演原稿に加筆補正。『日本医療経営学会・会誌特別号(学術集会報告書)』掲載予定)

二木 立(日本福祉大学教授・社会福祉学部長)


はじめに−本シンポジウムで混合診療・特定療養費制度を取りあげる理由
  •  まず、「患者の視点に立った医療と経営」と題するシンポジウムで、混合診療・特定療養費制度を取りあげる理由を述べます。

     小泉首相が9月10日の経済財政諮問会議で混合診療解禁の方向を指示して以来、混合診療解禁論争が再燃しています。混合診療全面解禁の旗振り役である規制改革・民間開放推進会議は、それにより患者本位の医療が実現する、患者負担が軽減される、患者の多様なニーズに応えることができる、と主張しています。一方、病院経営者の中には、混合診療が病院の新たな収益源=経営改善の切り札になると期待している方もいます。

     しかし「混合診療」あるいはそれの「全面解禁」は「スローガン語」です[1]。これは、アメリカの教育哲学者シェフラーが提唱した概念で、「意味が明確に規定されないまま発信され、受けとり手の側に解釈が委ねられているような、無責任な言語使用」を言います(宮寺晃夫氏による[2])。私は、「患者の視点」という表現にも、同じ傾向があると感じています。

     なぜなら、後述するように、混合診療の全面解禁は不可能で、現実には特定療養費制度の拡大=混合診療の部分解禁しかありえないからです。そもそも、小泉首相は混合診療の全面解禁は指示していません。この点で、「小泉首相が、混合診療について『全面解禁する方向で年内に結論を出してほしい』と指示した」と2回も誤報した「読売新聞」の罪は重いと思います(9月11日朝刊=無署名、10月25日朝刊=本田麻由美記者)。医療関係者の中にも、この記事を真に受けて、「総理裁定で混合診療が全面解禁されるのではないか」と不安を抱いた方が少なくないからです。

     それだけに、私は、特定療養費制度の拡大が医療と医療機関経営に何をもたらすかを冷静に検討する必要があると思い、本シンポジウムで取りあげることにしました。

     本報告は、次の4つの柱で行います。第1に、混合診療の全面解禁をめぐる論争の本質について述べます。次に、混合診療の全面解禁がありえない理由を説明します。第3に、特定療養費制度を拡大しても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由を述べます。第4に、特定療養費制度のルールなき拡大=「第3分類」の患者と医療機関への影響を考えます。最後に、混合診療解禁論争の2つの盲点を簡単に指摘して、報告を終わります。
1.混合診療の全面解禁をめぐる論争の本質

公的医療保険の給付水準(理念)の対立−「最適水準」説対「最低水準」説
  • 私がもっとも強調したいことは、混合診療の全面解禁をめぐる論争の本質は、公的医療保険の給付水準(理念)の対立にあることです。具体的には、「最適水準」説と「最低水準」説との対立です[3:16]。

     まず「最適水準」説とは、公的医療保険給付が「必要な最適量の医療を保障する」とするものであり、国内外の社会保障研究者の通説です。拙著『医療改革と病院』では、地主重美氏・福武直氏(1983年)等の諸説を紹介しました。その後、日本で初めてこれを主張したのは藤澤益夫氏(1968年)なことを、権丈善一氏から教えていただきました[4]。ここで見落としてならないことは、昨年3月の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」が、政府の公式文書として初めて、「最適水準」説を確認したことです[3:15]:「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供される」。

    次に「最低水準」説は、規制改革派=医療分野への市場原理導入を目指す新自由主義派が主張しています。規制改革・民間開放推進会議の公式文書には、この表現は登場しませんが、八代尚宏同会議総括主査は、次のように明快に「最低水準」説を主張しています。保険診療で「生命にかかわる基礎的な医療は平等に保障されたうえで、特定の人々だけが自費負担を加えることで良い医療サービスを受けられる」ようにする[5:145])。八代氏の共同研究者の鈴木玲子氏も、「基礎的な医療サービスは公的保険で確保するとともに」「高所得者がアメリカ並みに自由に医療サービスを購入するようになる」と述べています[6:279,285]。さらに、宮内義彦規制改革・民間開放推進会議議長は、よりストレートに次のように発言しています。「[混合診療は]国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、『健康保険はここまでですよ』、後は『自分でお支払いください』という形です。金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう」[7]。

     つまり、規制改革派の「患者の視点」とは、患者一般の視点ではなく、「特定の人々」=「高所得者」である患者の視点なのです。これは、支払い能力(貧富の差)にかかわらず平等な医療を受けられるとする国民皆保険の理念を否定するものです。
特定療養費制度と混合診療との異同
  •  次に指摘したいことは、特定療養費制度と混合診療との異同です。特定療養費制度は、現物給付原則の枠内で例外的に混合診療を認めたものであり、管理された限定的混合診療と言えますが、混合診療の全面解禁とはまったく異なります。

     例えば、高度先進医療は新規技術の保険適用までの過渡的制度です。それに対して、八代尚宏氏が明快に説明しているように、混合診療では、「公的保険の対象となる医療サービスの範囲を明確化し、それを超える医療部分には保険を適用しないという単純なルール」が適用され、それと「現行[特定療養費]制度との大きな違いは、将来、保険給付に含まれるまでの時限措置ではなく、永続的なものとすること」です[5:146-147]。

     そのために、混合診療の全面解禁は新規医療技術の保険導入を阻害します。しかも、自由診療のみでは新規医療技術は普及しないため、「医療技術の進歩が遅れがちになる」のです。東大・京大・阪大の3病院長が11月22日に規制改革・民間開放推進会議に提出した要望書は、「特定療養費制度の適用認定には長期間を要し、医療技術の進歩が遅れがちになる」ことを理由にして、混合診療の導入を求めていますが、逆の結果を招きます。
混合診療解禁論の2つの不公正
  •  第1の柱の最後に、混合診療解禁論の2つの不公正について述べます。第1の不公正は倫理的不公正です。「混合診療の解禁によって、生命を救われる患者…は少なくない」との主張(鈴木玲子氏。[6:280])は、それを受けられない低所得患者の生命を軽視しています。

     第2の不公正は経済的不公正で、高・中所得者が受ける混合診療の保険診療分の費用を低所得者も負担することです。この点については、李啓充氏が次のように、明快に批判しています。混合診療で「保険診療として給付される部分は、本来、自由診療分のコストを負担できない人々からも徴収した保険料が財源となっているのだから、『富める者には、皆から集めた保険料で援助する』一方で、『お金のない人からは保険料の取りっぱなし』になるのだから、これほど不公正な制度もない」[8:152]。
2.混合診療の全面解禁がありえない6つの理由

 次に、混合診療の全面解禁があり得ない理由を述べます。私は、拙論「後期小泉政権の医療改革の展望」で、次の5つの理由をあげました[9]。
  •  第1の理由は、混合診療の全面解禁のためには、現物給付原則と特定療養費制度を廃止する健康保険法の抜本改革が必要ですが、それは政治的不可能だからです。この点について、八代尚宏氏も次のように正確に主張しています。「混合診療が制度的に認知されるためには、…特定の診療のみに事実上の混合診療を認めている特定療養費制度を廃止することが基本となる」[5:146]。

     第2の理由は、特定療養費制度は管理された限定的混合診療であり、それの拡大でも混合診療を解禁したとの解釈が可能だからです。

     第3の理由は、厚生労働省と日本医師会は混合診療解禁には反対していますが、特定療養費制度の拡大には賛成していることです。

     第4の理由は、混合診療全面解禁の旗振り役である宮内義彦規制改革・民間開放推進会議議長(オリックス会長)が、プロ野球の合併・再編問題で悪役となり、国民・政治家の支持を得られなくなっていることです。私は、拙論ではこれを「補助的理由」と書いたのですが、その後の新聞報道を見ていると、これを契機にして、規制改革・民間開放推進会議に対する国民や政治家の信頼は地に墜ちたようです。

     第5の理由は、小泉首相が新しい厚生労働大臣に、自民党厚生労働部会長=厚生族の尾辻秀久議員を指名したことです。もし小泉首相が、本気で混合診療の全面解禁を考えていたとしたら、首相得意の「踏み絵人事」で規制改革推進派の厚生労働大臣を指名したはずです。尾辻大臣は、大臣就任直後(9月27日)の記者会見でこそ、小泉首相の意を受けて「個人的には混合診療の解禁には賛成である」と発言しましたが、ちょうど1カ月後の10月27日の衆議院厚生労働委員会では、厚生労働省の方針に沿って、「特定療養費制度の枠の範囲で考えている」と答弁し、軌道修正しています。

     この拙論は、第2次小泉改造内閣が成立した直後の9月末に書きました。その後2カ月間の動きを踏まえて、私は第6の理由を補足したいと思います。それは、混合診療解禁を強く主張している「読売新聞」と「日本経済新聞」を含めて、主な全国紙が社説で全面解禁には慎重な姿勢を表明していることです。例えば、「一口に混合診療といってもいろいろな方法がある」(「日経」9月18日)、「全面解禁は時期尚早ではないか」(「朝日」11月18日)、「今の段階で混合診療を全面的に解禁することは問題が多い」(「読売」11月20日)、です。この点は、ほんの2年前に、すべての全国紙が、医療特区での株式会社による病院経営を支持する社説等を発表したのと対照的です[3:134-135]。
「特定療養費制度の見直し」で(再)妥協へ
  •  以上6つの理由から、結局は、昨年の閣議決定通り、「特定療養費制度の見直し」=拡大で政府・与党内の(再)妥協が成立することは確実です。

     そもそも、規制改革・民間開放推進会議が「中間とりまとめ」(8月3日)で示した「混合診療が容認されるべき具体例」の大半は、a)現行制度ですでに費用徴収が認められているか、b)特定療養費制度の柔軟な運用で対応可能か、c)すみやかに医療保険制度に組み込むべきものです。
3.特定療養費制度を拡大しても、医療費・病院収益の大幅増加はない7つの理由

 第3に、特定療養費制度を拡大しても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由(正確に言えば傍証)を述べます。

4つの理由
  •  私は拙論「混合診療と特定療養費制度」で次の4つの理由をあげました[3:212-217]。
      
     第1は、わが国の現実の患者負担率は世界一高いことです。医療経済研究機構の推計によると、それはすでに1998年に21.7%であり、米国の16.8%を4.9%ポイントも上回っていました。その後2002〜2003年にわが国の法定患者負担は引き上げられましたので、日米の格差がさらに拡大していることは確実です。ただし、韓国の患者負担割合はわが国より高いため、「世界一高い」という表現は、先進国に限定しても不正確であり、訂正します。
      
     第2は、国民の7割が平等な給付に賛成し、混合診療に賛成の国民は2割弱にすぎないことです(日本医師会総合研究機構「第1回医療に関する国民意識調査」等)。ただし、病院勤務医では混合診療支持が5割近いことも見落とせません。

     第3は、介護保険法は公私混合介護を制度化しましたが、それがほとんど進んでいないことです。具体的には、居宅サービス支給限度額を超える利用はわずか2%にすぎません。

     第4は、1990年代に差額ベッドの規制緩和が進んだにもかかわらず、室料差額収入の医業収入に対する割合は漸減し続けていることです。医療法人病院では、1991年の2.0%から2001年には1.2%に低下しています。
3つの追加的理由
  •  さらに、本年には、特定療養費制度を拡大しても、医療費・病院収益の大幅増加はない理由(傍証)がさらに3つ付け加わりました。

     第1の追加的理由は、川崎市の市民団体等の調査により、首都圏の老人病院(療養病床)の保険外負担が現在でも月平均10万円前後に達することが明らかになりましたが、意外なことにこの額は私が1992年に行った「老人病院等の保険外負担の全国調査」で得た数字と同水準なことです[10]。他面、同じ期間に1月当たりの法定負担は1.2万円から約7万円へと6倍も増加しているため、保険外負担と法定負担を合わせた患者負担総額は5割も増えています。このことは、所得水準が高い首都圏でさえ、患者負担が限界に達していることを示唆しています。

     第2の追加的理由は、セコム損害保険が2001年に鳴り物入りで売り出した自由診療保険メディコム(主としてガンの先端医療対象の掛け捨て保険)の不振が続いていることです。この保険は明らかに混合診療解禁を見越して開発され、当初は販売から半年で30万件の契約を目標としていましたが、3年経った本年でも目標の1割の3万件の契約にとどまっています。

     第3の追加的理由は、混合診療解禁派の鈴木玲子氏が行った「混合診療[全面]解禁による市場拡大効果」の試算です[6:285-289]。この試算では、「日本の医療支出[患者負担]の所得弾力性がアメリカ並みに上昇すると仮定した場合」、患者負担は85%も増加する反面、国民医療費総額の増加は12.6%にとどまるとされています。しかも、鈴木氏も、混合診療解禁の「弊害を防ぐために、解禁する医療分野を限定すること」等を提唱しています。このような混合診療の部分解禁では医療費増加は数%にとどまると思います。

    例外は首都圏の民間ブランド病院
     ただし、例外があります。それは首都圏にある高所得層対象の一部の民間ブランド病院で、これらの病院は特定療養費制度の拡大により収益増が期待できます。

     他面、公費投入を受けている公的大病院が特定療養費制度を用いて多額の差額を徴収しようとすると、議会・住民側から大きな批判・圧力が起こることは確実です。また、都市部・農村部を問わず、大半の民間中小病院は、特定療養費制度が拡大しても収益増は期待できず、逆にそれに伴う保険給付費の抑制と患者減により、経営困難が加速する危険が大きいと言えます[11:76-78]。
4.特定療養費制度の乱用・ルールなき拡大=「第3分類」の患者・医療機関への影響
  •  第4に、特定療養費制度の乱用・ルールなき拡大について検討します[3:210-211]。

     先に述べましたように、特定療養費制度のうち高度先進医療については、一般に普及した段階で保険導入するというルールがありますが、選定療養についても次の3つのルールがあります。a)技術料は含まない、b)患者が自由意思で選択する、c)医療保険の給付範囲は縮小しない。これらはいずれも、1984年の健康保険法「抜本改正」の国会審議時に、当時の厚生省責任者が確約したものです[12:114-117]。私はこのルールが守られる限り、特定療養費制度は合理的・現実的だと考えます。

     それに対して、2002年診療報酬改定で導入された180日を超える入院患者の入院基本料の特定療養費化は、特定療養費制度の乱用・ルールなき拡大であり、私は特定療養費の「第3分類」と呼んでいます。谷修一前本学会長も、「これができるならなんでもできるという感じすらする」と率直に述べています。制度上は特定療養費には含まれませんが、これの先駆けがあります。それは、1994年の健康保険法改正で病院給食に自己負担が導入されたときに、給食が現物給付から現金給付(入院時食事療養費)へ転換したことです。

     医療経済学的には、特定療養費の「第3分類」は医療保険給付から患者負担へのコストシフティングと言えます。そのため、患者負担は増加する反面、他の特定療養費と異なり、医療費総額も、医療機関の収益も増加しないのです。逆に、逆に患者の受診抑制により、両者とも、減少する可能性があります。

     現在の混合診療解禁論争ではこの「第3分類」はほとんど議論されていませんが、私はこれが今後の特定療養費制度の拡大の隠れた本命だと考えています。それだけに、医師会や病院団体は「第3分類」拡大に歯止めをかける必要があると思います。
おわりに−混合診療解禁論争の2つの盲点
  •  最後に、今回は時間の制約のため触れられなかった混合診療解禁論争の2つの盲点に触れます。1つは、特に首都圏の老人病院(療養病床)で常態化している保険外負担が、実質的な混合診療なことです。私は、医師会・病院団体がこれの解決策を示さない限り、国民の支持は得られないと考えます。

     もう1つは、社会保険診療報酬支払基金による医療費削減のための恣意的な「経済審査」です[13]。これへの反発から混合診療(患者からの安易な差額徴収)を感覚的に支持している医師(特に病院勤務医)が多いことを考慮すると、医師会・病院団体は、混合診療解禁反対時に、これの改革も掲げる必要があると思います。

引用文献
  1. イズレエル・シェフラー著、村井実訳『教育の言葉』東洋館出版社,1981.
  2. 宮寺晃夫「ポストモダンの視点から」「シンポジュウム:教育実践研究における知とは何か」http://www.bukkyo-u.ac.jp/jssep5/pdf/MIYADERAakio.pdf.
  3. 二木立『医療改革と病院』勁草書房,2004.
  4. 藤沢益夫「医療保障における現金と現物」『週刊社会保障』No.451,1968.
  5. 八代尚宏『規制改革』有斐閣,2003.
  6. 鈴木玲子「医療分野の規制改革−混合診療解禁による市場拡大効果」.八代尚宏・日本経済研究センター編『新市場創造への総合戦略』日本経済新聞社,2004.
  7. 宮内義彦(インタビュー)「規制改革で日本を世界の負け組から勝ち組にしよう」『週刊東洋経済』2002年1月26日号(「オリックス証券・宮内義彦ジャーナル」に再掲。http//www.orix-sec.co.jp/brk_jour/mj_11.html).
  8. 李啓充『市場原理が医療を亡ぼす』医学書院,2004.
  9. 二木立「後期小泉政権の医療改革の展望」『社会保険旬報』2004年10月21日号.
  10. 二木立「首都圏の長期入院患者の平均保険外負担は1月当たり10万円前後」『文化連情報』2004年12月号(321号)
  11. 二木立『90年代の医療と診療報酬』勁草書房,1992.
  12. 二木立『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』勁草書房,1994.
  13. 橋本巌『医療費の審査』清風堂書店,2004.



拙論:小泉自民党圧勝後の医療費抑制政策(『社会保険旬報』2005年10月1日号(2257号):6〜9頁)
            二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(2005年14号)より
9月11日の総選挙で小泉純一郎首相率いる自由民主党は地滑り的大勝を収め、公明党を加えると衆議院議席の3分の2を超える「巨大与党」が誕生した。これにより、首相官邸や内閣府・経済財政諮問会議主導の政策決定が強まることが予想される。
 小論では、それが今後の医療費抑制政策、特に来年の診療報酬改定に与える影響を簡単に予測したい。結論的に言えば、医療費抑制の焦点は療養病床(医療保険適用。以下同じ)になる、と私は判断している。なお、小論で述べるのは、私の価値判断を排した「客観的」将来予測である。

財政再建の中心は医療費抑制

 小泉政権が、秋の特別国会で郵政民営化関連法を一気に成立させた後、財政再建を最大の政策課題にすることは確実である。それの中心は社会保障給付費の(伸び率)抑制であり、その費用抑制の大半を医療費の抑制で捻出しようとするであろう。「自民党が圧勝するとなると、…矛先は医療費抑制が一番に出てくる」との植松治雄日本医師会長の総選挙前の警告が現実味を持ってきたと言える(『日本醫事新報』4246号、63頁)。

 実はすでに総選挙前の8月11日に閣議決定された来年度予算の概算要求基準(シーリング)で、厚生労働省は社会保障関係の義務的経費の自然増8,000億円のうち、2,200億円の削減を求められていた。さらに、谷垣貞一財務相は総選挙直後の9月13日の記者会見で、「医療費は概算要求である程度削ってもらったが、見直す余地がある」と、閣議了解済みのシーリングを超えて医療費の抑制に踏み込む意向を明らかにした(「日本経済新聞」9月15日朝刊)。ちなみに、谷垣財務相は、4月27日の経済財政諮問会議で「社会保障の規模を国民経済の身の丈にあったものにしていくためには、孫悟空の頭のように、鉄のたがをはめてギリギリと絞める必要がある」とまで発言していた。

 来年度予算案に向けての医療費抑制政策の焦点は、マクロの数値目標(「医療費伸び率管理制度」)の導入である。これは、6月に閣議決定された「骨太の方針2005」では棚上げされたが、経済財政諮問会議・財務省はその後も執拗に求めている。上記「日本経済新聞」は、「厚労省幹部も『首相が医療費の管理が必要というなら、何らかの指標の導入は避けられない』と話し」たと報じている[注]。
 私は、総選挙前は、来年の診療報酬改定は「マイナス改定、プラス改定の両方の可能性がある」と判断していた(拙論「後期小泉政権の医療改革の展望」本誌2223号)。しかし、現在は、医療費伸び率管理制度導入の有無にかかわらず、残念ながらマイナス改定となることは不可避と判断している。仮に診療報酬(薬価改定を含む)のみで上記2,200億円を賄うとすれば、3%弱のマイナス改定となり、2002年度改定(公称マイナス2.7%)と同規模になる。
一部省略

第三のルートは保険給付範囲の縮小
 第三のルートは保険給付範囲の縮小である。これは総費用の抑制ではなく、保険給付(公的負担)から患者負担への「コストシフティング」である。これにも、以下の三つの手法が考えられる。

 一つは、本年10月から介護保険制度改革(改悪)で、介護保険適用療養病床に導入された食費・ホテルコストの保険外し(自由料金化)を、医療保険適用療養病床にまで拡大することである。ただし、このためには老人保健法・健康保険法の改正(改悪)が必要であり、しかも日本医師会を中心とした医療団体が頑強に反対しているため、来年4月からの実施は微妙である。

 二つめは、2002年診療報酬改定で導入された長期入院(社会的入院)患者の入院基本料の特定療養化の拡大である。具体的には、期間の短縮(例:180日から120日へ)と患者負担の拡大(例:入院基本料の15%相当分から30%相当分へ)の両方が考えられる。なお、保険局医療課の福田祐典企画官は、慢性期入院医療について、「患者の特性に応じた包括評価の導入により現行の180日入院の特定療養費化を廃止する」と発言したと報じられている(『日本醫事新報』4243号、72頁)。しかし、上述したように、療養病床への包括評価を来年4月に導入することは物理的に困難であり、これは希望的観測(アドバルーン)と思われる。

 三つめは、リハビリテーションの算定日数上限を超えた慢性期リハビリテーションの混合診療化である(入院の慢性期リハビリテーションの大半は療養病床で行われている)。上述した「リハビリテーションの見直し(案)」では、理学療法・作業療法・言語聴覚療法の医療保険給付に「算定日数上限」(90日〜2年)を設けることとされており、それ以降は介護保険給付に移行するか全額自費となる。しかしこのような乱暴な保険外しを一気に行うことは困難であり、慢性期リハビリテーションの制限回数が強化され、それを超える部分の混合診療化が図られる可能性が大きい。「見直し(案)」の「通則」にも、「患者の求めに応じて行う、制限回数を超える追加的なリハビリテーションの費用については、患者の負担とする」ことが明記されている。これは、本年10月から実施されることになった、「医療上の必要性がほとんどないことを前提」とした、制限回数を超える医療行為(リハビリテーション)の混合診療化の「一般化」(悪用)である。

 ただし、以上の予測は、本稿執筆時点(9月20日)での情報に基づくいわば思考実験であり、これらがすべて来年4月に実施されるわけではない。どこまで実施されるかは、日本医師会を中心とした医療団体・各医学会の今後の「根拠に基づく運動」の成否にかかっている。この意味で、「未来はまだきまっていない」。


[注]経済財政諮問会議は医療費抑制の数値目標を軌道修正

 経済財政諮問会議は、4年前の「骨太の方針2001」から医療費抑制の数値目標の導入を主張していたが、今年に入って、それを三重に軌道修正している(詳しくは、拙論「複眼で読む『骨太の方針2005』と『平成17年版経済財政白書』」『文化連情報』330号参照)。

 4年前には、経済財政諮問会議は数値目標として名目GDPの伸び率をあげ、しかもそれに基づいて単年度ごとに医療費抑制策を実施することを求めていた。しかし、本年には、数値目標を、人口構成の高齢化の影響を多少なりとも加味した「高齢化修正GDP」に変更し、しかも「5、6年に一度、マクロの指標と付き合わせて、上手くいっているかどうかをチェックする」(吉川洋議員)よう主張し、「荒っぽいキャップ制」は否定するようになった。これが第一・第二の軌道修正である。実は、経済財政諮問会議は、本年2月15日の平成17年度第三回会議までは、4年前と同じく「名目GDPの伸び率が妥当」と主張していたが、厚生労働省等が強く反対したため、4月27日の第九回会議から「高齢化修正GDP」に変更した。

 第三の軌道修正は、「骨太の方針2001」では、「医療費総額の伸びの抑制」は国民医療費の伸びの抑制を意味していたのに対して、本年に入って経済財政諮問会議はそれを「公的医療保険給付費の伸びの抑制」の意味で用いるようになったことである。この変化を一番明確に主張しているのは、吉川洋議員である。「医療費には国民健康保険などの公的医療保険の給付費と、患者が病院などの窓口で払う自己負担を含んだ国民医療費があり、区別して考えないといけない。問題は、公的給付費をどうするか。/私たちが指標を作って伸びを抑えなければならないと言っているのは、この公的給付費の部分だ。これからは公的給付費と国民医療費が乖離しうることをきちんと認め、公的給付費の範囲を見定めていくべきだと考えている」(「朝日新聞」6月24日朝刊)。

 医療費の伸び率管理制度を導入して、公的医療保険の給付費は厳しく抑制しつつ、「自己負担を含んだ国民医療費[正確には総医療費]」の拡大を図るためには、混合診療の大幅拡大が不可欠で、吉川議員も「これが混合診療の問題とも絡む論点である」と明言している(2月15日第三回会議)。そのために経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議が、今後、昨年末に政治決着した混合診療の部分解禁の対象の大幅拡大を求めてくるのは確実である。

[本稿は、9月19日に開催された第47回全日本病院学会宮崎大会のメインプログラム「3.“慢性期医療”について」での私の報告「療養病床の診療報酬の問題点と今後の在り方」の一部に加筆したものである。]