「ml−mlのココロ」

平成13年5月19日、ml−ml大阪オフ会の講演会にて、安藤@荒川医院が13名の方々に
会場からコメントを頂きながら、超早口でお喋りしたものを、ちと、アレンジしてみました。(^_^)

当日、持ち時間の関係上、削りに削った部分を多少、今回は埋め戻して、
スライド画像で示せぬ部分を大幅に補足、皆さんからコメントも再度、頂き直しました。
また、当日、会場でコメントを頂き損ねた方からも、再度、お願いしてアップしてみました。(^_^)

メーリングリスト(ML)との出会い
私は平成3年に都心の内科診療所を継いだ「唐様で空き家と書く三代目」で、「医師会には近寄らず、専ら診療に専念すべし」との伝統に従い、テニスやサイクリングなどへ出掛ける以外は、余り外出しない「井の中の蛙」でした。
しかし、平成10年にインターネットを始め、幾つかのMLへ参加した時、世界が変わりました。medpractや himedaraumaには様々な興味深い医療情報が、臨床検査や救急医療には技師さんや救急隊の方から、沢山の現場の声がアップされ、しかも、その方々と、居ながらにしてやり取りが出来る。これは将に「眼からウロコ」の体験でした。
医師会HP
当時、服部行麗先生に送って頂いた松岡正己先生の御講演ビデオを、ウチのお偉方へ回覧したところ、「インターネットはオタクの道楽」が「ウチでもホームページ(HP)を作ろう」に豹変、「先ず隗より始めよ」と、先ず会長以下執行部にインターネットを始めて貰いました。しかし、私自身、「任せるよ」と言われたって、HPの作り方も知らない、という「門前の小僧」でしたので、当時、発足したばかりのCMINCで、何人かの達人に相談しました。
そして取り敢えず発足した医師会MLでワイワイやりながら、区HPなどとの連携を念頭に置いたシンプルなHP作りを目指し、平成11年7月、医師会HPを公開しました。また会員専用HPも作成、「おっ、何か面白そうなことをやってるなあ」と覗いて貰えるよう、あれこれ情報をアップしました。
こうして医師会に顔を出してみると、私より若い先生に出会わない。で、ちと調べてみたら、居ないんじゃなくて、出て来ないだけ。早速、医師会MLへ「50歳未満の若手の会を作ろうよ」と提案、「俺だってまだ若いぞ」という諸先輩の抵抗もありましたが、まあまあ、ということで、「若手の会」MLを発足、現在、26名が参加して、ちょこちょこ集まっては、ワイワイやり始めたところです。
で、ワイワイやってみると、皆さん、それなりの病院で最近まで講師や医長などをやって来た方ばかり。「こりゃあ、どっかの病院に紹介するより信頼できるよねえ」ということで、お互いの診療情報を「ばーちゃる中央ほすぴたる」というサイトにアップ、お遊びから実際の診療へ、交流の輪が広がりつつあります。
文殊ML
私は天気の良い休日、あっちこっちへポタリングに出掛けますが、昨年4月、調査部理事になり、そんな都内に幾つ地区医師会があるんだろ、と調べてみたら、何と33もある。しかも、お互いに「隣りは何をする人ぞ」状態なのに驚きました。
今年1月、例のパソコン補助金申請をキッカケに、渋谷区の宝樹真理先生、文京区の中村宏先生と、都内地区医師会の有志で横断的なMLを作ろう、と、文殊MLを発足しました。現在、都内27医師会から70名程が参加、ワイワイ、とまでは行きませんが、ポチポチと情報交換をしています。
また、文殊サイクリング・クラブも発足、こちらは都内アチコチをポタリング、走るより飲み喋る、で結構、ワイワイと盛り上がっています。
蟷螂の斧、か・・・
ざっと、医師会関係でのワイワイ、を御紹介しましたが、私一人で喋り過ぎましたので、ちと、長崎の本田先生にマイクをバトンタッチしたいと思います。・・・本田孝也先生のコメントはこちらをご覧下さい(^_^)/~~
CMINC
さて、私の遊び場、CMINCですが、平成10年10月に発足、小心者の私が恐る恐るアチコチのMLで出会った方々に声掛けして、現在、400名程の方が参加されている、地域・職種を問わず”医療”を語ろう、という混沌としたMLです。まあ、こういう遊び場から、何か社会に還元できると良いかなあ、とポチポチ、やっております。
1)電子メールによる病診連携の試み
  CMINC発足当初、国立がんセンターの水島洋先生、安達勇先生や聖路加国際病院の中村清吾先生に、タイトルにある試みを提案したところ、「いいですよ、歩きながら考える、でいきましょう」と御快諾を頂き、それ以来、気になる症例は画像を添付してメールのやり取り・・・。必要に応じて画像専用のサイトも設け、病院担当医も交え、患者さんの受診前後の連携が遥かに容易になりました。
2)開業医とコンピュータ
  平成12年1月、CMINCメンバーの高見篤さんから「雑誌の特集、やってみない?」とメールを頂き、12名の先生方に相談、まずは同報メールでワイワイやりながら10のテーマを決め、同月末から medpract、localmtret、hamamed、cmincの4つのMLへ石投げ、多くの方々とML上でやり取りしながら分担執筆しました。そして3月初旬、サイトにアップした草稿集を各MLに広報して更に御意見を頂き、同月中旬、原稿集として永続的にサイトに残すことになりました。因みに雑誌の方は5月初旬に無事、発売されました。尚、各MLから多くの方々の御協力を得て行なった試みですので、原稿料は纏めて有珠山噴火の義捐金に振り込む、ということで皆さんの御了承を得ました。
  • 九鬼伸夫先生:「青森から鹿児島までの10人、一同に会することはほぼ不可能な顔ぶれが、一ヶ月余りにわたって対話、討論を繰り広げることができました。これこそネットの新しさですので、なんとかその面白さを従来のメディアの上で表現したいと思い、仮想紙上座談会の形にまとめました。ネットの上の情報のやりとりをどのように従来の紙メディアに還流していくかは、今後も重要な課題だと思いました。」
仮想座談会出席者
  • 本田忠先生:「雑誌の特集号を執筆者が、実際は一度も合うことなく、一般医療ML上で資料を集め、お互い討論しながら、時には同報メールを併用しながら、各自でまとめていった。訂正もお互いの意見を入れながら行った。非常に斬新な試みでした。またその結果はきちんとネット上でまとめた。今後は雑誌の特集はこうあるべきであると思いました。」
CMINC初オフミ
インターネットを始めた当初、メールの長所は、わざわざ会わせなくても話ができ、時間の節約になることだ、と考え、「オフミがありますよ」という情報が流れても、オフ・ミーティングじゃあ、時間の無駄、テニスに行く方がいいや、って思っていました。しかし、CMINCの管理人として、一度くらいはオフミもやらなくっちゃ、ということで、平成10年11月、ウチの近くで開催しました。さて、初対面同士、自己紹介も終わり、後はダベリングかなあ、と思っていたら、「さあ、今日のオフミは何を討論しましょうか」と鞄をゴソゴソする方が一人。「えっ、オフミって、オフ・ミーティングじゃ、ないんですか」と聞いたら、「オフ・ライン・ミーティングの略ですよ」と言われ、「う〜ん、成る程ねえ」。(^_^;)
  • 石神達三さん:「安藤先生んちの裏庭でやったオフ会、みんなでわいわいがやがや、楽しかったですね。九鬼先生、国立がんセンターの水島先生などとゆっくりお話しできたのも、このオフ会が最初でした。オフ会は皆の友達の輪をひろげてくれる素晴らしいものですね。いや〜っ、オフ会ってホントに良いですね (^0_0^)」
合同オフミ
平成11年の秋、横浜の杉浦先生から、「ケアネットの説明会、聞いてみない」とお誘いがあり、hamamed、medpract、cmincの三つのMLへ呼び掛けて、新宿にて「横浜病院協会の病病連携と今後の病診連携についての説明会」を開催しました。で、「絵に描いた餅」を得意そうに喋った担当者を皆でボコボコに凹ませて、後は澤村先生御推薦の”鳥茶屋”へ場所を改めて、初対面同士の和やかな懇親会となりました。
  • 本田忠先生がこの説明会の感想文を寄稿して下さいました。是非、こちらをご覧下さい。
ダイナ・オフミ
平成12年1月、電子カルテ、ダイナミクスの作者、吉原正彦先生が上京される、というので、medpract、hamamed、cmincへ呼び掛け、都心の狭い拙宅にてダイナ説明会を開催しました。ケアネットとは違って、臨床の現場から生まれ、私達にとって大事なツールの一つ、という強い思いが、耳を傾ける皆さんの表情からも伺えます。また、判り易くて心に染みるような吉原先生の語り口も非常に印象的で、ダイナが良いのは作者が良いから、というウチの山の神の一言にも、納得。(^_^)
  • 吉原正彦先生:「あの時にご参集いただきました高岸、石川、田中先生らが、さらに ここから 倍する数のところで 使っていただけるようになりましたが、ネットワーク、口コミの力を実感し、ソフトのコンセプト、開発手法、普及方法などなどに 大変 参考になりました。」
ゆーねっと・オフミ
平成12年3月、「ゆーねっと」の見学オフミが新宿さくらクリニックにて開催されました。澤村正之先生が「ゆーねっと」経由(カメラ)で大野孝先生や在宅の患者さんを御紹介下さり、百聞は一見にしかず、を実感しました。また、秋山昌範先生も熱発を押して来られ、このシステムの特徴につき、いろいろと教えて下さいました。
築地オフミ
1)講演会
  皆さんも右の記事、お読みになったか、と思いますが、朝日新聞の「この人が読みたい」の第1弾、なんと、cmincでも人気の鹿児島は甑島、手打診療所の瀬戸上健二郎先生の記事でした。
  平成12年年9月、その瀬戸上先生が学会で上京される、との情報が入り、こりゃあ、皆でお話を拝聴しなくっちゃ、ということで、久し振りのCMINCオフミを企画しました。前述の石神達三さん、東海大の山本五十年先生や東京消防庁の矢野博さんにもサブをお願いし、同月30日、築地のがんセンター・セミナールームに80名近い方々が集まり、瀬戸上先生のお話に耳を傾けました。
2)懇親会
  築地から銀座の「アメリカーナ」へ会場を移して懇親会となり、小林仁さんと石川真智子さんの絶妙な司会で全員の自己紹介が次々に行なわれました。また、その席上、一般の方々向けに、九鬼伸夫先生がビデオを使って内視鏡問題を判り易く説明、最後は中山健児先生と澤村正之先生のリードで、ウルトラマン・コーヤの大合唱となりました。
  • 九鬼伸夫先生:「瀬戸上先生の上京をきっかけに開催されたオフミですが、国立がんセンター新病棟の見学、山本五十年先生の救急医療のお話、などなど、実に盛り沢山で長時間に渡るオフミでした。日本中から参加者があり、ほとんどml−mlと変わらない雰囲気でした。欲張り・テンコモリもまた、安藤先生が礎を築かれたml−mlのココロの重要な一部である、というのが私の感想です。」
竹中オフミ
日本でも医療訴訟が増えそうですが、昨年11月、札幌から上京された医師且つ弁護士の竹中郁夫先生を囲み、医療と訴訟について語り合おう、と池袋「笹周」に medpract及び cmincから17名が集まり、竹中オフミが開かれました。このオフミの為に九鬼先生が作られたMLは、その後、バンブーMLとしてワイワイ、現在進行形です。
  • 岡田武夫先生:「あらかじめ論点を整理しておこうと言った意味合いで、オフミのためのMLが作られましたが、MLの段階で議論が大いに盛り上がったのが印象的です。オフミそのものも大いに盛り上がりました。 MLは有志のためにオフミ終了後も存続しました。オフミ開催直前での発言数が166であったのが、オフミ終了後約7ヶ月たったミルミル開催直前での発言数が1402と、参加人数の割に驚異的に多い発言数を誇るMLを残したのが、このオフの最大の特徴でしょう。」
オープン・クリニック
さて、在る時、神津仁先生から、「世田谷区若手医師の会では、アメリカの『オープンハウス』というシステムにヒントを得て、自分のクリニックではこんなポリシーで、こんな工夫をしている、と、開業医同士が互いに紹介し合う『オープン・クリニック』をやってるよ」というお話を伺い、こりゃあ面白そうだ、medpractと CMINCでもやってみよう、ということになりました。
1)第1弾 「納涼岩牡蠣とワインの会 in 銀座」
  平成12年8月、先ず九鬼伸夫先生の銀座内科診療所に15名が集まりました。ビル診という狭い空間を有効活用、自ら調合されるという沢山の漢方薬も棚にキチンと整理され、高い次元での和洋折衷をされてんだなあ、と感心しました。その後、レストラン「Cave des Vignes」へ移動、岩牡蠣とワインの会を楽しみました。
  • 澤村正之先生:「もともとmedpractで牡蠣を食べる会の企画があって、銀座に集まるついでに九鬼先生のところでオープンクリニックをしましょう、ということになりました。二次会の牡蠣もよかったんですが、ひとさまのクリニックを覗く機会はめったにないので、大いに勉強になりました。患者さんの動線をよく考えて決して広くないスペースを利用されたり、完全予約制などに感心しました。」

2)第3弾 「世田谷区若手医師の会オープンクリニック」
  第3弾は平成13年2月、イイダシッペの神津仁先生の神津内科クリニックへ、20名前後が集まりました。患者さんが来院されて心地よい環境、車椅子の方にも配慮された構造、自ら開発にも携わっておられる電子カルテ・システム、プライバシーを守りながら院長として全体を常に把握する為の工夫など、なかなか見るべきものの多いオープン・クリニックでした。また、各部屋の間取りから職員教育まで、神津ポリシーがキチンと貫かれているのには感心しました。その後、近くのレストランで立食パーティ、”マジシャン石川”こと、石川貴久先生がここでも本領を発揮、見事に千円札を燃やし、喝采を浴びました。

3)第4弾 「用賀アーバン・クリニック」
  第5弾は今年3月、カルテの完全開示を初め、サービス業としての新しい医療を実践し始めた用賀アーバン・クリニックへ、約15名が集まりました。野間口聰院長や田中伸明先生のお話を拝聴、難しい症例はお互いに相談しながら診療を進め、CTやMRIは近くの小倉病院とオンラインで画像連携、というのも、面白いなあ、と思いました。

  • 日経BP社の平田尚弘さんがこのオフミの感想文を寄稿して下さいました。是非、こちらをご覧下さい。
  • 天野教之先生;「指圧のココロは母心 圧せば命の泉湧く わっはっはっは。mlmlのココロは安藤パパゴコロ 圧せばオフミの泉湧く わっはっはっは。・・・オフミ等で何回も顔を合わせて、ML上でもディベートをしていた野間口先生との議論だったので、安心して激論を交わす事ができました。良く見知った相手とだと学生時代の延長上のような感じで、あーでもない、こーでもないとやるのは楽しいモノです。MLも面白いけどオフミをする意味は大きい。」
ml−ml発足まで
服部先生にお送り頂いた松岡先生の御講演を広く皆さんにも聴いて頂きたい、また、縦割り社会から脱皮して地域・職種を超えて”医療”を語ろう、という思いが、様々な医療系MLへ呼び掛けて合同オフミをやろう、という発想に繋がりました。平成11年8月初旬、飛岡宏先生にMLのMLである期間限定ML、ml−mlを発足して頂き、幅広く各MLへ広報、1ヶ月足らずの間に100名に迫る程の方々が参加、その侭、9月の「MLの夕べ」へと雪崩れ込みました。尚、ml−mlのミルミルという呼称は、飛岡先生の御発案によるものです。
  • 飛岡宏先生:「くじら先生より「ml-ml」の名付け親とか言われていますが、実はこの名前、安藤先生が決めた名前なのです。私は初期のmlml-ML のお世話をしたダケです。この会も3回目を迎え、大阪で盛会に行われた事をお祝申し上げます。次回の青森を楽しみにしています。」
MLの夕べ
平成11年9月、新宿の国立国際医療センターにて、「MLの夕べ」、即ち、第1回ml−ml東京オフ会が開催されました。秋山昌範先生、高橋徳先生にお話に引き続き、念願だった松岡正己先生の生の御講演もタップリと拝聴しました。また、18のMLの自己紹介も行なわれ、70名を越える方々で立見ならぬ坐り見まで出る盛会となりました。そして皆でドドドッと鍋茶屋へ移動しての二次会、こちらでも15のMLの自己紹介が行なわれ、その後、秋山先生の御提案でMLの管理・運営について、熱いやり取りが展開されました。この「MLの夕べ」の余韻を楽しんだ後、本田孝也先生が酔った勢いで「来年は長崎でやるぞお」と宣言したことを再確認して、第1回期間限定ml−mlは閉鎖されました。
  • 縄”ボギー”嘉津記先生:「一昨年の9月?そんな昔のことは覚えていないね。来年の5月に青森?そんな先のことはわからない。」
  • 澤村正之先生:「”MLの夕べ”の数週間前に二次会の手配を仰せつかって、あせりました。せっかく全国から集まっていただく皆様に、歌舞伎町で安全に楽しく、安く過ごしてもらえるように考えました。「MLの夕べ」が終わったらこの世界から足を洗おうと思っていたのですが、オフミで知り合った方たちと、お付き合いが広がって今まで続いています。実際にお会いするとオンラインの時も理解が深まるし、オフミの大切さがよく分かりました。」
長崎オフ
さて、あっという間に時が経ち、昨年6月、長崎オフ会開催に向けてml−mlが再開、何やら大企業に挑戦中で忙しい本田孝也先生に替わり、原田知行先生を中心にテキパキと準備が進められ、翌月、長崎市医師会館にて第2回ml−ml長崎オフ会が開催されました。講演会に間に合わなかった皆さんも、梶原賢一郎先生の機器説明会には続々と到着、会場は熱気で溢れました。その後、坂本竜馬の刀傷で有名な料亭「花月」へ席を移し、50名を越える参加者の間に名妓達が付いて、第2部が盛大に開催され、19のMLの自己紹介などが行なわれました。尚、この席上、松岡正己先生の隣りに坐っていた奥村信太先生の独り言:松岡でぇ先生が 「来年のml−mlは大阪でぃ!」・・・ と言った。その時の、でぇ先生の目は、うっ、「蛇」のようだった・・・。ボクは自分が「蛙」になったような 気がした…うううっ、怖かった。(^_^;;)
  • 原田知行先生:「恐らく、後にも先にもないような超豪華な二次会でした。会費は安く頂きましたが、実はお一人ウン万円かかりました。会場では時間の関係で申し上げませんでしたが、ml−mlによる出逢いが全国的なネットワーク作りの礎になっていることを実感しています。いつもながらのアイデアマン、安藤潔先生に、心より感謝申し上げます。」
大阪オフ
「蛇に睨まれた蛙」の一件もあって、このオフ会の為の執行部MLであるml−mlは、何と平成12年12月に発足、一般公開のml−ml21が平成13年2月末に開設され、準備が進められました。同年5月、大阪府医師会館大ホールで第3回ml−ml大阪オフ会講演会が開催され、前座で私(安藤)が「ml−mlのココロ」を駆け足で喋り、その後、岡田武夫先生、井上通敏先生の興味深い御講演を拝聴しました。その後、会場を交流センターへ移し、奥村先生の名差配で、何と60を越えるMLの紹介がスムースに行なわれました。途中、”マジシャン石川”の本番での見事な演技も会場を盛り上げ、その熱気の侭に、有田繁広先生御推薦の三次会会場へと雪崩れ込みました。この大阪ml−mlからは、翌日、ゴルフ・オフ、テニス・オフ、日本橋・オフも用意され、五月晴れの大阪で、皆さん、思い思いのオフへ参加、存分に楽しまれたようです。(^_^)
尚、本田忠先生より、第4回ml−ml青森オフ会は、来年5月3日、八戸で開催、とのアナウンスを頂きました。
  • 松岡正己先生:「これは 21世紀の初めの頃の医師たちの記録として 後世に残して欲しいものですね。インターネツトが 実際には どんなものか どんな風に仲間たちに拡がるのか。その体験が 安藤先生の お話に語られています。当然 ネットワークは お互いに 重なり合って発展します。その体験が貴重ですね。それを 誰が記録しておくか、よろしく 21世紀初頭の語り部を 続けていただくようにお願いします。」