京橋二丁目西地区の中で

安藤@荒川医院 記 (2016/5/31更新)

平成15年当時
(写真をクリックして下さい)
  • 平成15・16年:
    • 京橋西町会地区検討会で区側から出された再開発準備組合(案)に対して、単なる行政主導の”再開発”ではなく、地域の”再生”を町会の皆さんで一緒に考えて行こう、そこに行政にも協力して貰おう、ということで、15年6月に再生協議会発起人会、同7月に同設立総会が開催されました。
    • そこで、周辺地域と調和の取れた再生を目指す為には、噂話や未確認情報による疑心暗鬼が生まれぬよう、できるだけキチンとした情報の共有が大切、と考え、「京橋二丁目西地区再生協議会」の公開ページを作り始めました。しかし、再生協議会の初回理事会にて、1)全ての協議会員に対してはオープン、2)誰でも見れるインターネット上での情報公開は差し控える、と決まり、やむを得ず同ページは非公開としました。(参照
    • その後も毎月のように理事会が開かれ、15年12月には第2回総会、16年5月には第3回総会が開催され、区だけではなく各ディベロッパーや地元有志からも施設計画案が出されるなど、"of the people by the people for the people"の試みもありました。
    • しかし16年5月、1番地で当方と隣接する地権者MTり時間軸が合わない、との意見が出て、1番地と2・3番地は別事業で行うとする”1区画2事業(案)”が提案されました。
         
  • 平成17年:
    • 10月末の再生協議会の理事会にて、1)18年から同協議会の名称及び規約の変更(区域の1〜3番を2・3番へ変更)を行って同協議会から再開発準備組合へ改組する、2)今後、区が事務局となって事業協力者の選定委員会及び事業内容を検討する部会を開催して行く、が決まりました。
    • 1番地が同準備組合から外れたこの時点で、1番地の地権者は隣接するMT、斜向かいのTo及び当方の3者のみでしたが、何らお互いに正式に話し合うこともなく、11月中旬には福井銀行があったビル(地権者M所有)の解体作業が始まりました(18年7月に終了)。
  • 平成18・19年:
    • 当方は18年、定期的メンテナンスの一環として外壁補修工事を予定していました。同10月、当方がこの工事を依頼したTa建設と、両隣の解体工事を請け負っているTo建設との話し合いで、京橋MTビル(この写真右側の黒い大きなビル)の解体工事に目途が立ち次第、19年4月から当方のメンテナンス工事を行う、となりました。
    • 一方、18年3月頃から隣接するの別の若い社員が雑談と称してしばしば来訪するも責任ある役員の挨拶は一切無く、同12月末、この社員が提案書と書かれた紙4枚を持参しました。そこには責任者の署名捺印も無く、年明け早々に期限を切って当方に移転の回答を迫る旨の記載がありました。
    • 19年8月、京橋MTビルの解体工事が終了するも、隣接するMTは当方のメンテナンス工事に関する上記両建設の合意も認めず、責任ある役員の応対も一切ありませんでした。
         
  • 平成20年
    • 前年暮れになって上記の膠着状態を打開する動きがあり、(この動きの)誠意には当方も誠意をもって対応する、で、1月より隣接するMT及びTo建設と、様々な視点から協議を進めました。
    • 4月、諸事情から京橋2丁目1番地の角地にTo建設により囲いもなされ、当方名の看板が立って近隣挨拶も行い、6月、隣接するMTと基本合意を交わしました。
    • しかし、この合意の期限(7月末日)を過ぎるも、”現テナントの皆さんに不条理な負担が掛からずに済むような本契約”をMTと交わすに至らず、基本合意は失効しました。
    • その後、MT側から当方が了承できるような条件提示は無く、当方が直接関与する工事にも一切、着手することが無い侭に、12月末、当方名の看板を撤去するに至りました。
        
  • 平成21年
    • 3月、To建設から、1)北西部をMTから購入、2)同地にTo建設が新ビルを建築、3)来年晩秋の竣工後、当方が新ビルに移転、ではどうか、との打診があり、同社の良心的熱意に当方も協議に応じることとしました。
    • そして、To建設との様々なやり取りを経て信頼関係を構築、8月末、同社と契約締結をするに至りました。
    • 10月、新「第二荒川ビル」を建築予定の北西角の土地にて、地鎮祭を行いました。
  • 平成22年
    • 10月20日、新「第二荒川ビル」が竣工し、11月に自宅を、12月末に荒川医院を新ビルに無事引っ越しました。
  • 平成24年
    • 10月時点での感想:移転後、平成23年にはあの「3.11」も経験しましたが、未成工事を含む様々な対応について、To建設の関係各位の誠意を実感し、感謝しています。(∩_∩)

●様変わりし、更に様変わりする京橋2丁目1番地

平成19年、中央通り側にあった京橋MTビルは解体され駐車場に。
明治屋側 荒川ビル側
正面京橋明治屋を含む京橋2-2/3の再開発はこちら ・京橋2-1の区画の再開発はこちら

  • 平成28年6月、山王祭。中央通り京橋二丁目交差点から見た京橋二丁目西地区